漢文、訓読文
漢文が移入されてどのようにしたか。
漢文訓読が行われた。
仏教の経典はその勢いを加えた。
漢文を訓読みをしたのはもっぱら儒教の典籍である。お経はいわゆる呉音読みで棒読みをした。いずれも訓点語をつけて読んでいた。
そのとき祖先はどのように漢文を手に入れたか。
日本国見在諸目録、げんざいと読むが、そこに収載された書目がその状況を伝える。
写経、写本のことはその文化を伝える。
訓読は音読とは異なる。
訓は日本語読みをすることであるが、訓をつけるということは日本語文にすることでもあった。
和訓と言い、それは日本語の意味をつけることである。
漢語に漢字を形音義で分解することがあり、その音義は盛んにとらえらえて、音義書からさらに和訓を集めた辞書が作られるようにもなる。
漢字の渡来、歴史書の記述、それからわずかな時期に急に訓読があり、300年ほどの間に現われる。
漢文訓読がいつごろから始まったか、応神天皇の15年、西暦284年に、百済の王仁によって、論語と千字文がもたらされたとされるが、その時からすでに訓読の方法があったろうか、
ありえないとして、推古朝にはすでに漢文訓読が行われていたようだ。
奈良時代末期から平安時代になると、仮名、ヲコト点、返り点などを漢文に直接書き込んだ資料が現れ、これらの訓点資料により、訓読が行われていたと知ることができる。
日本国見在書目録(にほんこくげんざいしょもくろく) [ 日本大百科全書(小学館) ]
日本に渡来していた漢籍の勅撰(ちょくせん)の目録。1巻。891年(寛平3)ごろの成立。藤原佐世(すけよ)撰。『日本見在書目録』『本朝見在書目録』ともいわれ、最古写本たる室生(むろう)寺本に「外典書籍(げてんしよじやく)目録」とみえるのは、内典に対する漢籍の目録であることを示したものであろう。また撰者の名によって「佐世録」「藤原佐世注文」ともよばれる。日本の漢籍目録として最古のもの。当時の漢籍の分類目録で、各書について書名・巻数をあげ、撰者を注する。『隋書(ずいしょ)経籍志』に従って、易家から惣集(そうしゅう)家まで40部門、1579部、1万6790巻を収める。現存は抄略本のみ。『続群書類従』所収。[ 執筆者:林 幹彌 ]
>日本国見在書目録【にほんこくげんざいしょもくろく】
>日本最古の漢籍目録。1巻。藤原佐世撰。成立は891年ころ。当時日本に〈見在〉つまり現存していた漢籍を記載。書目は約1580部1万7000巻近い。ただし現存するものは抄本。
>藤原佐世(すけよ)の撰になる日本最古の漢籍目録。1巻。891年(寛平3)ころ成立。〈見在〉とは現存の意で,当時日本にあった漢籍の目録であるが,一部国書が混じる。875年(貞観17)冷然院が焼けて累世の書物の多くを失ったことが編纂の契機となったとの説もある。《隋書》経籍志にならったと思われる分類で,約1580部1万7000巻近くの書籍を,易家,尚書家,詩家など40家に分けて記載。中国では散逸して本書によってのみ知られるものもあり,書誌学上,文献学上貴重な資料となっている。
漢文訓読が行われた。
仏教の経典はその勢いを加えた。
漢文を訓読みをしたのはもっぱら儒教の典籍である。お経はいわゆる呉音読みで棒読みをした。いずれも訓点語をつけて読んでいた。
そのとき祖先はどのように漢文を手に入れたか。
日本国見在諸目録、げんざいと読むが、そこに収載された書目がその状況を伝える。
写経、写本のことはその文化を伝える。
訓読は音読とは異なる。
訓は日本語読みをすることであるが、訓をつけるということは日本語文にすることでもあった。
和訓と言い、それは日本語の意味をつけることである。
漢語に漢字を形音義で分解することがあり、その音義は盛んにとらえらえて、音義書からさらに和訓を集めた辞書が作られるようにもなる。
漢字の渡来、歴史書の記述、それからわずかな時期に急に訓読があり、300年ほどの間に現われる。
漢文訓読がいつごろから始まったか、応神天皇の15年、西暦284年に、百済の王仁によって、論語と千字文がもたらされたとされるが、その時からすでに訓読の方法があったろうか、
ありえないとして、推古朝にはすでに漢文訓読が行われていたようだ。
奈良時代末期から平安時代になると、仮名、ヲコト点、返り点などを漢文に直接書き込んだ資料が現れ、これらの訓点資料により、訓読が行われていたと知ることができる。
日本国見在書目録(にほんこくげんざいしょもくろく) [ 日本大百科全書(小学館) ]
日本に渡来していた漢籍の勅撰(ちょくせん)の目録。1巻。891年(寛平3)ごろの成立。藤原佐世(すけよ)撰。『日本見在書目録』『本朝見在書目録』ともいわれ、最古写本たる室生(むろう)寺本に「外典書籍(げてんしよじやく)目録」とみえるのは、内典に対する漢籍の目録であることを示したものであろう。また撰者の名によって「佐世録」「藤原佐世注文」ともよばれる。日本の漢籍目録として最古のもの。当時の漢籍の分類目録で、各書について書名・巻数をあげ、撰者を注する。『隋書(ずいしょ)経籍志』に従って、易家から惣集(そうしゅう)家まで40部門、1579部、1万6790巻を収める。現存は抄略本のみ。『続群書類従』所収。[ 執筆者:林 幹彌 ]
>日本国見在書目録【にほんこくげんざいしょもくろく】
>日本最古の漢籍目録。1巻。藤原佐世撰。成立は891年ころ。当時日本に〈見在〉つまり現存していた漢籍を記載。書目は約1580部1万7000巻近い。ただし現存するものは抄本。
>藤原佐世(すけよ)の撰になる日本最古の漢籍目録。1巻。891年(寛平3)ころ成立。〈見在〉とは現存の意で,当時日本にあった漢籍の目録であるが,一部国書が混じる。875年(貞観17)冷然院が焼けて累世の書物の多くを失ったことが編纂の契機となったとの説もある。《隋書》経籍志にならったと思われる分類で,約1580部1万7000巻近くの書籍を,易家,尚書家,詩家など40家に分けて記載。中国では散逸して本書によってのみ知られるものもあり,書誌学上,文献学上貴重な資料となっている。
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