形態文法   日本語の文法について  その42

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形態文法   日本語の文法について  その42

文法論を形態と統語に分ける。形態論、統語論ともいう。日本語文法の形態論として形態文法と便宜呼ぶ。形態は形式 form である。形式は意味を持つ最小の単位として語のレベルより下位に設定する。したがって音韻における音素レベルに相当する。音素と同様の形態素を設定してそれを形式と見るが、形態文法は形態素を記述するものではない。形態素論がそれを行う。

形態文法は形態素をもとに形態となった語の構成を明らかにする。わたしたちの文法意識に語、文、文章としてとらえるのは語を最小単位として見る考えかたである。国文法はその単位を説明する。ここに形態文法を扱うのは文法の分析にさらに詳しくすると、語を最小とする見方に限界がありそれが音節レベルの仮名文字による国語の文法体系だということがわかる。

形態文法を便宜、音素で分析し捉えようとするのはそれなりに日本語文法において可能なことだからである。さらに言うとそれは可能なだけでなく通行な議論に新たな視点を加えて有効だからである。国語の分析を日本語の分析とするような考え方にもなるだろう。言語の現象はわたしたちの使う言葉であるので形態文法にも理解が進めばそれはそれで一つの見方である。

形態文法は日本語教育で扱うと発音指導のローマ字表記を、必ずしも適当でないのだが、その表記において音素レベルで見ていくので、すると習得のプロセスで形態文法が役に立つのである。それをもとにして言語を扱うことは言語習得にある音声の重要性をわたしたちにも日本語の習得について反省し、ふり返させるものがある。

形態文法が日本語の分析にあてられたのは考え方として新しいとは言えない。すでにその分析を独自に行ったとされる先駆者がいた。年代的には1930年代のころで世にいう松下文法である。中国留学生教育に従事した。その考え方は1960年代のなかばに日本語文法の学界で再評価をされた。
    http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~kudohiro/macusita_bunpoo.html
>【普遍的汎時論的な性格】松下文法がアメリカ記述言語学流の形態論の先駆をなすということが「再評価」として指摘されているが、それとともに論理主義だとする古くからの評価も当たっている。

文法論での自由形式のとらえ方はレナード・ブルームフィールド Leonard Bloomfield, 1887年 - 1949年は、アメリカの言語学者による。1930年代から1950年代にかけてアメリカの構造主義言語学をリードし、1933年の著書Language『言語』を著わした。機能的な面の定義に、言語形式のうち文としてあらわれることのできるものを自由形式とし,最小の自由形式を単語とする、というものである。
世界大百科事典の項目より