仮名遣い、送り仮名は混ぜ書き
仮名遣いがあり、文字づかいがあり、表記法がある。日本語が豊かに見えるのは、交ぜ書きにある。まぜがきは、もと、混ぜるの意味合いもあって、漢字とひらがなを混ぜることであった。漢文体と和文体を見て和漢混交文といったりしたが、それが時代も変わって、それが違った形で漢字の熟語にその部分においておかしな書き方として平仮名を書くようになったことだ。1946年当用漢字の制限の影響である。字種を統一しない書き方が行われたのだが、これはいまに始まったことではないとするのは混交文を出さずとも、古典文学の写本にも、時代も下って日本語を書くときには普通にカナ文字を交えて書いていた。それが問題となったのは名称における文字の持つイメージであったようだから、これはまさにことばのことになる。
デジタル大辞泉の解説
まぜ‐がき 【交ぜ書き/混ぜ書き】
[名](スル)もともとは漢字で書いていた熟語の一部を仮名で書くこと。「憂鬱」を「憂うつ」、「混沌」を「混とん」と書く類。
◆昭和21年(1946)制定の当用漢字表で、使える漢字を制限したための処置。
大辞林の解説
まぜがき【交ぜ書き】 ( 名 ) スル
漢字で書ける熟語を,漢字と仮名を混ぜて書くこと。「醬油」を「しょう油」,「憂鬱」を「憂うつ」と書くなど。
まぜがき: ta meta ta phonetika
toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2005/03/post_ae80.html
まぜがきっていうのは、たとえば「石けん」とか「ごう慢」みたいに漢語の一部をかながきすることで、おもに常用漢字表にないようなむずかしめの漢字をかながきすることが ... これについてはカナモジカイのページにもかいてある(「交ぜ書き」をどうすべきか)。
>近松門左衛門。岩波文庫の『曽根崎心中・冥途の飛脚 他五篇』は底本の文字づかいがわかるように翻刻してあるから、それを手がかりにまぜがきをさがしてみると、『曽根崎心中』にはこういうのがあった。
天ま (天満)
大ゆふじ (大融寺)
長ふくじ (長福寺)
大じ大ひ (大慈大悲)
一しやう (一生)
女ばう (女房)
五でう (五条)
大ざか (大坂)
大じん (大尽)
おなじく、『冥途の飛脚』には、
あん内 (案内)
三味せん (三味線)
浄るり (浄瑠璃)
すい量 (推量)
かん当 (勘当)
さん用 (算用)
大じ (大事)
くはん進 (勧進)
かい山 (開山)
ゐん居 (隠居)
ちがう時代のものもあげておこう。鎌倉時代の国語資料だって解説にかいてある『伝後伏見院宸翰 仮名書き阿弥陀経』の模刻版本の影印本をみると、こんなのがあった。
七ちう (七重)
悪しゆ (悪趣)
く徳 (功徳)
人みむ (人民)
無へん (無辺)
一しよ (一処)
舌さう (舌相)
しやう実 (誠実)
くわう長 (広長)
こう河しやしゆ (恒河沙数)
一さい (一切)
しよ仏 (諸仏)
世けん (世間)
なん事 (難事)
所せつ (所説)
>いまのまぜがきは漢字制限があって でてきたものだけど、そうじゃなくたってふるくから実例はたくさんあるんだから、まぜがきこそが日本語の伝統だっていってもいいぐらいだ。だから、まぜがきなんて、べつにおおさわぎするようなもんでもないだろう。そもそも日本語全体がまぜがきなんだし、かなと漢字をまぜてつかってるかぎり、どれに漢字をあてるかなんて漢語もふくめてきめられない。
>カタカナをつかって「ゴウ慢」ってかけばいいって意見があって、このやりかたはなかなかいいとおもう。これについてはカナモジカイのページにもかいてある(「交ぜ書き」をどうすべきか)。
「カナノヒカリ」 884ゴウ (1996ネン 12ガツ)
http://www1.ocn.ne.jp/~kanamozi/hikari884-1206.html
交ぜ書きの問題 - 文化庁
www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/20/tosin04/03.html
補てん」「ばん回」「伴りょ」のように,漢語の一部を仮名書きにするいわゆる交ぜ書きは,文脈によっては読み取りにくかったり,語の意味を把握しにくくさせたりすることもある。これは,情報化の問題というより表記の問題として位置付けられるものであるが,ワープロ等 ...
デジタル大辞泉の解説
まぜ‐がき 【交ぜ書き/混ぜ書き】
[名](スル)もともとは漢字で書いていた熟語の一部を仮名で書くこと。「憂鬱」を「憂うつ」、「混沌」を「混とん」と書く類。
◆昭和21年(1946)制定の当用漢字表で、使える漢字を制限したための処置。
大辞林の解説
まぜがき【交ぜ書き】 ( 名 ) スル
漢字で書ける熟語を,漢字と仮名を混ぜて書くこと。「醬油」を「しょう油」,「憂鬱」を「憂うつ」と書くなど。
まぜがき: ta meta ta phonetika
toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2005/03/post_ae80.html
まぜがきっていうのは、たとえば「石けん」とか「ごう慢」みたいに漢語の一部をかながきすることで、おもに常用漢字表にないようなむずかしめの漢字をかながきすることが ... これについてはカナモジカイのページにもかいてある(「交ぜ書き」をどうすべきか)。
>近松門左衛門。岩波文庫の『曽根崎心中・冥途の飛脚 他五篇』は底本の文字づかいがわかるように翻刻してあるから、それを手がかりにまぜがきをさがしてみると、『曽根崎心中』にはこういうのがあった。
天ま (天満)
大ゆふじ (大融寺)
長ふくじ (長福寺)
大じ大ひ (大慈大悲)
一しやう (一生)
女ばう (女房)
五でう (五条)
大ざか (大坂)
大じん (大尽)
おなじく、『冥途の飛脚』には、
あん内 (案内)
三味せん (三味線)
浄るり (浄瑠璃)
すい量 (推量)
かん当 (勘当)
さん用 (算用)
大じ (大事)
くはん進 (勧進)
かい山 (開山)
ゐん居 (隠居)
ちがう時代のものもあげておこう。鎌倉時代の国語資料だって解説にかいてある『伝後伏見院宸翰 仮名書き阿弥陀経』の模刻版本の影印本をみると、こんなのがあった。
七ちう (七重)
悪しゆ (悪趣)
く徳 (功徳)
人みむ (人民)
無へん (無辺)
一しよ (一処)
舌さう (舌相)
しやう実 (誠実)
くわう長 (広長)
こう河しやしゆ (恒河沙数)
一さい (一切)
しよ仏 (諸仏)
世けん (世間)
なん事 (難事)
所せつ (所説)
>いまのまぜがきは漢字制限があって でてきたものだけど、そうじゃなくたってふるくから実例はたくさんあるんだから、まぜがきこそが日本語の伝統だっていってもいいぐらいだ。だから、まぜがきなんて、べつにおおさわぎするようなもんでもないだろう。そもそも日本語全体がまぜがきなんだし、かなと漢字をまぜてつかってるかぎり、どれに漢字をあてるかなんて漢語もふくめてきめられない。
>カタカナをつかって「ゴウ慢」ってかけばいいって意見があって、このやりかたはなかなかいいとおもう。これについてはカナモジカイのページにもかいてある(「交ぜ書き」をどうすべきか)。
「カナノヒカリ」 884ゴウ (1996ネン 12ガツ)
http://www1.ocn.ne.jp/~kanamozi/hikari884-1206.html
交ぜ書きの問題 - 文化庁
www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/20/tosin04/03.html
補てん」「ばん回」「伴りょ」のように,漢語の一部を仮名書きにするいわゆる交ぜ書きは,文脈によっては読み取りにくかったり,語の意味を把握しにくくさせたりすることもある。これは,情報化の問題というより表記の問題として位置付けられるものであるが,ワープロ等 ...
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