123  誤用はどうしておこすか

ymksk
誤用研究は誤用分析によって行われる。
外国語の学習段階で起こすエラーである。
文法的な正確さ、言葉の適切性において、おかしいと感じさせる例である。

学習の段階でおかす誤りは母語干渉などにその原因が求められる。単なる注意不足による間違いもある。

誤用は言語学の概念ではないとフリー百科事典は説明をする。
規範的な日本語を基準にそれと異なる表現について議論することは、母語を習得する段階での事柄にはなりにくい。

日本語の表現や運用をみて、誤用があるとなると、それには、文字、綴り、音韻、形態、語形、意味、統語などがあげられるようだが、多くは慣用的な意味や用法とは異なる例で、気づきにくいものが誤用として見える。

間違った意味や用法でその言葉が使用されていると、それを誤用とするようだ。日本語の使い手が誤用を起こすことはまずないはずだが、間違いが間違いであるとする、あるいは不適切であるとする説明は誤用の感じ方がどうであるか、人によって異なるところである。



ウイキぺディアより

>誤用は、言語学上の概念ではない。記述的な言語学では母語話者の言語の運用について、正誤の判断をしない。しかしながら、一般的には日本語に正用・誤用があると考えられている。また言語教育の場面では正用・誤用の区別は必要である。言葉の乱れなどとして指摘されるもののほか、比喩や慣用句の誤用がしばしば話題とされる。
第二言語として日本語を学習するさい、「書かない」を「書きない」などとする誤用が見られ、何となくおかしいのだけれどもどこがおかしいかはっきり指摘できない場合があり、この「おかしい」と感じるものが誤用(error)と呼ばれる。従来の誤用研究は文法的正確さが重視されてきたが、現在は伝達・コミュニケーションに関わる誤用が重要視されている。外国語の学習過程では誤用が生じるのが当然であり、ことばを習得するための一つのステップととらえ、誤用とはとらえず中間言語(interlanguage)という呼び方をする




次は、gooブログにあった、新聞コラム現代日本誤百科の執筆者の講演会報告である。
よくまとめるところがあって、わかりよいので、引用して掲げる。

文化祭 - おばさんの落書き部屋 - Gooブログ
blog.goo.ne.jp/inasan_002/e/d19d075ef2808d283ccafaedd7fed297‎
2011/11/09 – 午後は昼食をはさんで、「正しく美しい日本語」と題し、名大教授 町田健先生による公開講演会があった。 町田先生はTVでも時々お見かけするが、中日新聞(朝刊)に2009年1月5日から「現代日本誤百科」のコラムを掲載されており、今日 ...


「正しく美しい日本語」と題し、名大教授 町田健先生による公開講演会
11/8(火)中日新聞社6階ホールで「くらし友の会」の文化祭
世界の言語と比較し「日本語の特徴」や「正しい日本語とは何だろう」
文法・・助詞や動詞の誤用・名詞か形容動詞かなどを例を挙げて説明があった。

例:温暖化になる→温暖化する
  真実が明らかとなる→明らかになる
  作品が人気になる→作品の人気が出る

同語反復
  最後のラストスパートに入った選手
  来月は、五千円残金を残すのが目標
  後で後悔する
  新しい服を新調する

慣用句
  的を得た発言→的を射た
  出る釘は打たれる→出る杭は打たれる
  押しも押されぬ→押しも押されもせぬ
  審議はどうであれ非常に腑に落ちる話しだ。★「腑に落ちない」はある。

意味が曖昧すぎる表現
  ルックスは微妙→それほど良くない
  エコにやさしい→エコに貢献する
  このカレーやばい→とてもおいしい

相手に配慮しすぎると品が落ちる
  値引きさせていただきます
  千円からお預かりします
  本山とかに住んでます
  彼氏さんはいらっしゃいますか

間違った外来語は教養を疑われる
  メタボを解消する→メタボ=代謝の ×肥満
  うどんとラーメンのコラボ→コラボ=協力  ×組み合わせ
  インテリアとしての絵画→ インテリア=室内  ×室内装飾品
  この選手はメンタルが弱い→メンタル=精神的な  ×精神力

間違った漢語はもっと教養を疑われる
  時系列で並べる→時間的順序で
    ★」「時系列」は数値を一定の時間的感覚で並べた表のこと
  固定概念→固定観念
    ★「概念」は単語の意味のこと
  理論的に説得する→論理的
    ★「理論」は現象を説明するための数学的枠組み
 経費削減が至上命題→至上の課題
    ★命題は真偽が明らかな文        などなど・・。


次はツイッターより。

>相変わらず中日新聞の「現代日本誤百科」(町田健)が分からん。新聞見出しの「ジャンプを初めて成功」のように「させ」と「た」の2つを省略させるのは誤用なんだそうな。省略は1つしか許されない、と。この人、どこに基準をおいてるんだろう。といいながら毎回読むんだが。

>中日新聞「現代日本誤百科」(町田健)【癒やされてください】「この例が文法的に間違っているということではない。しかし「忘れられろ」がおかしいように、何かをされろと誰かに命令はできない」…できそうな気がする。「貴様など全人類から忘れ去られろ」…(;ω;)ウッ

また、ブログにあったものである。


中日新聞の朝刊には、「現代日本“誤”百科」という連載があります。
今朝のお話は、取扱説明書に関わるテクニカルライターや翻訳者は確認しておくべき内容でした。
簡単にまとめますね。
「参加するかは白紙」は、文法的には正しくない。
正しくは「参加するかどうかは白紙」。
「誰が来たか教えろ」「何があったかわかった」(これらは正しい)などの影響だろう。
選択肢がたくさんある場合/特定されていない場合の言い方に引っぱられて、二択のときに「どうか」を忘れちゃダメよ…ってことみたいです。
この話、ウラを取っておこうと思ったんですが、検索ではひっかけづらい内容なんですよね (^ー^;)
そんなわけでウラは取れておりません…