現代言語
言語の共時性は時間の幅を持つことができるか。
共時態を捉えるのは時間の一瞬を見てのことだと思い続けていたが、これはまた通時態をどれくらいまでさかのぼれるのかということと同じで、日本語の歴史のように島国にあって言語接触そのものを持たないような、あったろうけれども、こちらから接触を持ち出すことをしなくなったようなことから、海の向こうからも接触がなかったような、それは遣唐使の廃止建議である西暦894年から幕末に開港をした1859年までの約1000年を見ると、その長さにおいて通時を見ることになる状況はとても通時態などということを一口では語り得ないのと同様に、だから共時を瞬時に見るなどということも現代の言語現象では可能かもしれない電子による言語のことはおいて、現代言語の記述をどういうふうに見ようとするのが共時性であるか。それはやはり、いまのこの2013-06-07 23:26:08という、このときなのであろうけれど・・・
時代言語、当代言語と日本語でいうと、それなりに時代で区分されたとか、いまの目前の時代のとか、わかりよいところがある。時代は歴史区分の教育もあり平安時代の言語とか平成時代の言語と言ってのけることもできる。世代言語というのを考えてみてそれは日本語風の輪切りした正月暦あるいは会計年度でもよいがその積み重ねである10年ひと昔をとるかどうか、ジェネレーションとなる時間幅で30年をとるか、というようなことを考えたことがある。世代はしたがってその時代の言語流行の幅を短くするかあるいは世代継承を見て親子から孫までをひとくくりにすべきかと考えたことがある。つまり自分の感覚で見ると常にこの10年ぐらいが記憶の範囲になるかどうかで今から2003年のころを思い出すのがせいぜいで個人差もあることでそれを1993年はとなると可能ではあるけれども阪神淡路大震災の前だからとなってその激変した社会情勢を経験することがあったりするので1983年はとなるともう雲のかなたである。大学勤務の5年目あたりとか、何をしていたろう。
しかし記憶ではない言語の継承を思えば幼いころに父親が片仮名でメモを書いて大工道具箱にいれていてそれがあったのを覚えていてそれをいつごろからか平仮名のメモにかえていたのをそれはいつごろかと思い出そうとしたりする。母親はかな文字を書くといつもテニヲハの注意をして連綿草書体がうまく書けないのを嘆いていたから、それはまたたしなみのこともあって、ふとその文字づかいを教えたのは父の父親であり母の母親であるとしたらそれを見ているわたしは親の親の世代をその文字づかいに見ていることになると気づいた。この発見は言葉遣いの発音はもはや聞くことがないのは当然だとしても文字にはそれと見ることのできる時間幅であるから言葉遣いを通してその世代にさかのぼれるわけである。祖父祖母は早くに亡くしたわけでもないが父の母親と母の母親とはよくしっていたのでそこには世代をつなげて言語を見聞きすることができるのである。その時間はわたしの年齢に父の年齢を足し算しそこに3世代先の時間が見て取れるわけである。父が存命ならば100歳を超えるのでいまのわたしからすれば100年あまりになる。その父の年齢に祖父の年齢を足し算すれば明治の時代をはるかに跳び越えてさかのぼっていく。およそ300年の時間幅ができる。
それを当代とするなら、現代の言語は共時にも通時にも10年から30年、そして広くとれば100年から150年ぐらいまでの時間幅である。その実質は変化を加えて差し引きすることになるがなかをとってみてここ20年そして150年ぐらいだろうか。かりに孫がいて長じたころにわたしの話をきけば写真で見た祖父の代の話をかろうじて父の話に合わせて語ることができる。もう100年はさかのぼるだろうか。
わたしの祖父世代の言語はいつの時代であるか、米西戦争マニラ湾海戦の記録を船乗りであった祖父は残している。
共時態を捉えるのは時間の一瞬を見てのことだと思い続けていたが、これはまた通時態をどれくらいまでさかのぼれるのかということと同じで、日本語の歴史のように島国にあって言語接触そのものを持たないような、あったろうけれども、こちらから接触を持ち出すことをしなくなったようなことから、海の向こうからも接触がなかったような、それは遣唐使の廃止建議である西暦894年から幕末に開港をした1859年までの約1000年を見ると、その長さにおいて通時を見ることになる状況はとても通時態などということを一口では語り得ないのと同様に、だから共時を瞬時に見るなどということも現代の言語現象では可能かもしれない電子による言語のことはおいて、現代言語の記述をどういうふうに見ようとするのが共時性であるか。それはやはり、いまのこの2013-06-07 23:26:08という、このときなのであろうけれど・・・
時代言語、当代言語と日本語でいうと、それなりに時代で区分されたとか、いまの目前の時代のとか、わかりよいところがある。時代は歴史区分の教育もあり平安時代の言語とか平成時代の言語と言ってのけることもできる。世代言語というのを考えてみてそれは日本語風の輪切りした正月暦あるいは会計年度でもよいがその積み重ねである10年ひと昔をとるかどうか、ジェネレーションとなる時間幅で30年をとるか、というようなことを考えたことがある。世代はしたがってその時代の言語流行の幅を短くするかあるいは世代継承を見て親子から孫までをひとくくりにすべきかと考えたことがある。つまり自分の感覚で見ると常にこの10年ぐらいが記憶の範囲になるかどうかで今から2003年のころを思い出すのがせいぜいで個人差もあることでそれを1993年はとなると可能ではあるけれども阪神淡路大震災の前だからとなってその激変した社会情勢を経験することがあったりするので1983年はとなるともう雲のかなたである。大学勤務の5年目あたりとか、何をしていたろう。
しかし記憶ではない言語の継承を思えば幼いころに父親が片仮名でメモを書いて大工道具箱にいれていてそれがあったのを覚えていてそれをいつごろからか平仮名のメモにかえていたのをそれはいつごろかと思い出そうとしたりする。母親はかな文字を書くといつもテニヲハの注意をして連綿草書体がうまく書けないのを嘆いていたから、それはまたたしなみのこともあって、ふとその文字づかいを教えたのは父の父親であり母の母親であるとしたらそれを見ているわたしは親の親の世代をその文字づかいに見ていることになると気づいた。この発見は言葉遣いの発音はもはや聞くことがないのは当然だとしても文字にはそれと見ることのできる時間幅であるから言葉遣いを通してその世代にさかのぼれるわけである。祖父祖母は早くに亡くしたわけでもないが父の母親と母の母親とはよくしっていたのでそこには世代をつなげて言語を見聞きすることができるのである。その時間はわたしの年齢に父の年齢を足し算しそこに3世代先の時間が見て取れるわけである。父が存命ならば100歳を超えるのでいまのわたしからすれば100年あまりになる。その父の年齢に祖父の年齢を足し算すれば明治の時代をはるかに跳び越えてさかのぼっていく。およそ300年の時間幅ができる。
それを当代とするなら、現代の言語は共時にも通時にも10年から30年、そして広くとれば100年から150年ぐらいまでの時間幅である。その実質は変化を加えて差し引きすることになるがなかをとってみてここ20年そして150年ぐらいだろうか。かりに孫がいて長じたころにわたしの話をきけば写真で見た祖父の代の話をかろうじて父の話に合わせて語ることができる。もう100年はさかのぼるだろうか。
わたしの祖父世代の言語はいつの時代であるか、米西戦争マニラ湾海戦の記録を船乗りであった祖父は残している。
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