日本語教育史講義3

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日本語教育の歴史  2013-09-29
日本語研究史は1980年代以降に日本語教育とかかわりをもって展開した。日本語学と言う広まりである。現代に始まったことではない。日本語教育を歴史的に見ていくと、そこには日本語を学習するための日本語そのものについての分析が行われたり、日本語を記録しようとする研究があるのを知る。たとえば17世紀にポルトガル宣教師たちにより日葡辞書が編纂された。その成果は、日本語の文法記述としてロドリゲスが著わした日本語大文典とともに日本語研究には大きな業績である。これはまた日本語の歴史を知る上での貴重な資料でもある。日本語教育の歴史は、日本語教育史となったときに、日本語研究史、日本語史とあわせて、日本語についての見方をわたしたちに与えてくれる。
歴史とは何か。記録された文書にわたしたちは歴史を見る。
歴史の視点を持つとはどういうことか。時代区分はどのように行われるのだろう。
歴史記述と歴史研究と、いずれにもその立場がある。記述は歴史を作る。研究は事実を明らかにする。
歴史の史観を持つ。だれしも生まれてこの方、自分の歴史を持っている。
歴史事件、歴史事実には始まりがある。始まりがあればその経緯がある。また終わりがあるだろうか。
歴史の因果とはどういうことか。

日本語教育の歴史 視点 2013-09-30
留学生教育が日本語教育の視点となり、それを辿ることで日本語教育を知る。留学生を迎えるのは清国留学生の経緯がある。遡れば留学生の視点は留学僧にまで時代を上がることになるが、そこには日本語教育はない。したがって第2次大戦の戦後になってふたたび留学生の日本語教育が盛んになるとその契機は何にあるか。日本政府の留学生受け入れ政策にある。国語教育からに日本語教育に変わってあらたに留学生に日本語促成教育をしようとした。いまふうに言えば集中教育である。そこに、賠償留学生教育と赴日留学生教育がある。それは1960年のインドネシア留学生の来日であり、そして1979年から戦後における日本語教育の画期となる、中国での赴日予備学校は、まず5か年計画が実行された。中国との友好条約の発効によって1980年代に日本語教育が中国留学生に盛んになった。