異国の地

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そういういうこともあるだろうと、専家楼に滞在して、各階のエレベータ前にある、いわば詰所からの従業員は、それを服務員と呼ぶのであった、ホテルとしての仕事は、いつも熱湯入り魔法瓶の配達と、室内の掃除で部屋の中に入ってくるので、ものを置くときは注意を受けていたから、鍵付きの机などがあったけれど、すべてがオープンであって、つまり監視を気にして個人用のスーツケースのカギをかけての外出だったりした。のんびりとしたようすにも、部屋の出入りは常にチェックされていることがわかる。1984年の北京でのことである。友誼賓館の窓からは並木が茂って緩衝地を挟んだ道路からは騒音も遠のいたたたずまいに、いまはそこに環状道路の車線が拡張されてそんな風情はなくなっている、そういう時代の異国の地の生活であった。38年前か、隔世の感、とはいえ、そのときから90年代、2000年代には出張での訪問は天津を加えやがて南京になり、出かけたところは大連、長春、西安、上海、江陰とさらに旅行で足をのばしたところも、いずれも短期のことであるが、北と南と言ってもそれは東北と中原よりの長江沿いの様々、暮らしぶりには接触することがあった。上海万博の2010年、その後には学会の会議で訪問をしなくなって、間が空いて、2018年、2019年と南京訪問が続いている。



南京帰国
2019/09/22 20:17:16
カテゴリー:日々新た
南京直行便で往復した。帰路は11時10分発、到着14時45分、吉祥航空は満員であった。若者が目立つ。グループで名古屋観光だろうか。朝ホテルの出発は8時、高速道で30分ほど、大学の車で快適であった。南京禄口国際空港か飛行場は南に位置する。1年前に同じく訪問をしている。今回は、4泊5日、中3日の予定で、講座を2回、スピーチコンテストの審査を行ってきた。昨日は合肥に出かけてきた。

南京出発
2019/09/18 08:00:05
カテゴリー:日々新た
直行便、セントレアから南京まで、15時40分ー17時50分 その後の予定は、19日に日本語スピーチコンテスと審査、20日午後に講座、そのまま、次へ合肥に移動して、21日に午後も講座となり、22日に南京から帰国する。