研究留学生として
大学が留学生に語学教育すなわち日本語教育を行う進修生の受け入れを行い、奨学金付与宿舎提供との条件で中国教育部と提携を結んで実施したものである。78年に条件を提示したら大学院生ではなくて現職教師の訓練として研究留学生を派遣してきた。それで交流をスタートさせて、1年間のプログラムの計画のままに行った。来日して宿舎にむかえるところから世話をすることになった。わたしは赴任をしたばかりの下っ端でプログラムに従ったカリキュラムを実行した。日本語教師の経験者が他にはいない。地域にもいなかったから、一人で4人を相手に文法、語彙そして作文の表現を科目仕立てで担当した。また世話というのは生活環境のイロハから作った。カーテン取り付け、食器や鍋の類から、4人が二人ずつの共同生活をして自炊用の道具に気を配った。冬であったから室内ストーブに、こたつを用意した。風呂の使い方、ガスコンロの扱い、洗濯機の回し方まで、それこそイロハというのは勝手の違う日本の生活に慣れることであった。スタッフと折を見てたずねると案の定というか、キッチン周りは油が飛散し、こたつは立てたままに熱線を室内に放出、風呂には土足のままか、下着着用のままの入浴となるか、当初は目を覆うことばかりというありさまだった。部屋を提供して管理するのは自主任せであるから、沓脱の玄関から教えるようなありさまである。それでも生活準備ができて、いよいよ午前授業にわたしの科目、午後には日本事情で政治経済地理などが始まった。80年の年明けからであった。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。