うれしい
望ましい事態が実現して、心がうきうきとして楽しい、心が晴れ晴れとして喜ばしい、という。物事が自分の望みどおりになって満足であり、喜ばしい、自分にとってよいことが起き、愉快で、楽しい、という。コトバンクの語釈である。良いことが起きるので、うれしいとなる、のは、大辞泉である。望ましい事態、望み通りになる、というようなことが、ほんとうに起きるのか、だれしもそう思う。うれしいとは、状況によることになっている。大辞林には、古典語の例と、補注がつく。
>満足して、相手に感謝する気持ちになるさま。ありがたい。かたじけない。 「お心づかい-・く存じます」 「(神が)なほ-・しと思ひたぶべきものたいまつりたべ/土左」 〔類義の語に「楽しい」があるが、「楽しい」は心が満ち足りて愉快な気分である意を表す。それに対して「嬉しい」は外的状況が自分にとって好ましい状態になって喜ばしい気分になる意を表す〕
この辞典にある、ありがたい、かたじけない、となる言いかえは、古典の例から、うれしかりける善知識 を思うべきである。
字通より
>
喜はもと神を楽しませる意の語であるが、のち神人ともに楽しむ語となった。
〔名義抄〕嬉 タノシム・タノシビ・ヨロコブ・アソブ・タハフル・タハフレ・タハル
"嬉", 字通, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-07-08)
その、うれしいということが最近、ない。嬉々と笑う、その笑いがない。
心に手を当ててそれをさがしてみる、ひさしくないが、メッセンジャーにやり取りがあって、10年前を思い出して、その心を引き出してみた。うれしいことがどのようなことであるか、青空文庫の実作例はよくわかる。神と共にいる心には、それがある。そのときの嬉しさは、心持がそうであったろうか。上海空港からリニモに乗ってその最高速度の記録が数字に出ている写真を撮っている自分がいたから、地下鉄の乗り継ぎの楽しさは、実はうれしさであった。
日本国語大辞典
>語誌
(1)「うれたし」「うらむ」とともに語根「うら(心)」が考えられる。
(2)「うれしい」は、事柄の認知によって生じる感情であるので、受動的性質をもつものであるのに対して、類義の「たのしい」は、自己の行動を通じて生じる快の感情で、能動的性質をもつものであるといわれる。
(3)「うれしい」の感情は、その人自身にとってどう認知されたかという個人的なものであるのに対して、「たのしい」は行動を伴うこともあってある程度他人とも共通の理解を得られる面があり、一般性を持つといえる。
"うれし・い【嬉・快・歓】", 日本国語大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-07-08)
うれし・い【×嬉しい】例文一覧 32件
・・・その中には嬉しい記憶もあれば、むしろ忌わしい記憶もあった。が、どの記憶も今となって見れば、同じように寂しかった。「みんなもう過ぎ去った事だ。善くっても悪くっても仕方がない。」――慎太郎はそう思いながら、糊のにおいのする括り枕に、ぼんやり五分・・・<芥川竜之介「お律と子等と」青空文庫>
・・・これからは一人の主に身も心も献げ得る嬉しい境涯が自分を待っているのだ。 クララの顔はほてって輝いた。聖像の前に最後の祈を捧げると、いそいそとして立上った。そして鏡を手に取って近々と自分の顔を写して見た。それが自分の肉との最後の別れだった・・・<有島武郎「クララの出家」青空文庫>
・・・そこで活字が嬉しいから、三枚半で先ず……一回などという怪しからん料簡方のものでない。一回五六枚も書いて、まだ推敲にあらずして横に拡った時もある。楽屋落ちのようだが、横に拡がるというのは森田先生の金言で、文章は横に拡がらねばならぬということで・・・<泉鏡花「おばけずきのいわれ少々と処女作」青空文庫>
・・・無茶なことを云われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中で、ごったになって争うたけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めて終った。なお三言四言話をするうちに、民子は鮮かな曇りのない元の元気になった。僕も勿論愉快が溢・・・<伊藤左千夫「野菊の墓」青空文庫>
・・・「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって呉れるのやさかい、僕はこないに嬉しいことはない。充分飲んで呉れ給え」と、酌をしてくれた。「僕も随分やってるよ。――それよりか、話の続きを聴こうじゃないか?」「それで、僕等の後備歩兵第○聨・・・<岩野泡鳴「戦話」青空文庫>
・・・それでその遺物を遺すことができたと思うと実にわれわれは嬉しい、たといわれわれの生涯はドンナ生涯であっても。 たびたびこういうような考えは起りませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があ・・・<内村鑑三「後世への最大遺物」青空文庫>
・・・私は照れくさい思いがしたが、しかし、やはり私のような凡人は新聞に書かれると少しは嬉しいのか、その記事の文句をいまだにおぼえています。「既報“人生紙芝居”の相手役秋山八郎君の居所が奇しくも本紙記事が機縁となって判明した。四年前――昭和六年・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
・・・そのことはあまり素直ではない私にとって少くとも嬉しいことです。 そして話はその娯楽場の驢馬の話になりました。それは子供を乗せて柵を回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗るとひとりで一周して帰って来るのだといいます。私はその動物を可愛いもの・・・<梶井基次郎「橡の花」青空文庫>
・・・ お露を妻に持って島の者にならっせ、お前さん一人、遊んでいても島の者が一生養なって上げまさ、と六兵衛が言ってくれた時、嬉しいやら情けないやらで泣きたかった。 そして見ると、自分の周囲には何処かに悲惨の影が取巻ていて、人の憐愍を自然に・・・<国木田独歩「酒中日記」青空文庫>
・・・片隅からそれを見ていたおきのは、息子から、こうなれなれしく、呼びかけられたら、どんなに嬉しいだろうと思った。「坊っちゃんお帰り。」と庄屋の下婢は、いつもぽかんと口を開けている、少し馬鹿な庄屋の息子に、叮嚀にお辞儀をして、信玄袋を受け取っ・・・<黒島伝治「電報」青空文庫>
・・・追窮されても窘まぬ源三は、「そりゃあただおいらあ、自由自在になっていたら嬉しいだろうと思ったからそう云ったのさ。浪ちゃんだってあの禽のように自由だったら嬉しいだろうじゃあないか。」と云うと、お浪はまた新に涙ぐんで其言には答えず、・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
・・・り場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽の胸づくし鐘にござる数々の怨みを特に前髪に命じて俊雄の両の膝へ敲きつけお前は野々宮のと勝手馴れぬ俊雄の狼狽えるを、知らぬ知らぬ知りませぬ憂い嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天・・・<斎藤緑雨「かくれんぼ」青空文庫>
・・・施与ということは妙なもので、施された人も幸福ではあろうが、施した当人の方は尚更心嬉しい。自分は饑えた人を捉えて、説法を聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言もしてやった。まあ、二つ恵んでやった。と考えて、自分のしたことを二倍・・・<島崎藤村「朝飯」青空文庫>
・・・ 枕が大きくて柔かいから嬉しいと言うと、この夏にはうっかりしていたが、あんな枕では頭に悪いからと小母さんがいう。藤さんはこの枕を急いで拵えてから、あだに十日あまりを待ち暮したと話す。 藤さんは小母さんの蒲団の裾を叩いて、それから自分・・・<鈴木三重吉「千鳥」青空文庫>
・・・ どうやら『文人』の仲間入り出来るようになったのが、そんなに嬉しいのかね。宗匠頭巾をかぶって、『どうも此頃の青年はテニヲハの使用が滅茶で恐れ入りやす。』などは、げろが出そうだ。どうやら『先生』と言われるようになったのが、そんなに嬉しいの・・・<太宰治「或る忠告」青空文庫>
・・・思い返したが、なんとなく悲しい、なんとなく嬉しい。 代々木の停留場に上る階段のところで、それでも追い越して、衣ずれの音、白粉の香いに胸を躍らしたが、今度は振り返りもせず、大足に、しかも駆けるようにして、階段を上った。 停留場の駅長が・・・<田山花袋「少女病」青空文庫>
・・・宿の者も心安くなってみれば商売気離れた親切もあって嬉しい。雨が降って浜へも出られぬ夜は、帳場の茶話に呼ばれて、時には宿泊人届の一枚も手伝ってやる事もある。宿の主人は六十余りの女であった。昼は大抵沖へ釣りに出るので、店の事は料理人兼番頭の辰さ・・・<寺田寅彦「嵐」青空文庫>
・・・もしかそうだったらどんなに嬉しいだろう。 私は五年生ごろから、こんにゃく売りをしていた。学校をあがってから、ときには学校を休んで、近所の屋敷町を売り歩いた。 私は学校が好きだったから、このんで休んだわけではない。こんにゃくを売って、・・・<徳永直「こんにゃく売り」青空文庫>
・・・私は乳母が衣服を着換えさせようとするのも聞かず、人々の声する方に馳け付けたが、上框に懐手して後向きに立って居られる母親の姿を見ると、私は何がなしに悲しい、嬉しい気がして、柔い其の袖にしがみつきながら泣いた。「泣蟲ッ、朝腹から何んだ。」と・・・<永井荷風「狐」青空文庫>
・・・太十の目には田の畔から垣根から庭からそうして柿の木にまで挂けらえた其稲の収穫を見るより瞽女の姿が幾ら嬉しいか知れないのである。瞽女といえば大抵盲目である。手引といって一人位は目明きも交る。彼らは手引を先に立てて村から村へ田甫を越える。げた裾・・・<長塚節「太十と其犬」青空文庫>
・・・ 四階へ来た時は縹渺として何事とも知らず嬉しかった。嬉しいというよりはどことなく妙であった。ここは屋根裏である。天井を見ると左右は低く中央が高く馬の鬣のごとき形ちをしてその一番高い背筋を通して硝子張りの明り取りが着いている。このアチック・・・<夏目漱石「カーライル博物館」青空文庫>
・・・私も嬉しい。 ――しっかりやろうぜ。 ――痛快だね。 なんて言って眼と顔を見合せます。相手は眼より外のところは見えません。眼も一つだけです。 命がけの時に、痛快だなんてのは、まったく沙汰の限りです。常識を外れちゃいけない。と・・・<葉山嘉樹「牢獄の半日」青空文庫>
・・・万一を希望していた通り、その日の夜になッたら平田が来て、故郷へ帰らなくともよいようになッたと、嬉しいことばかりを言う。それを聞く嬉しさ、身も浮くばかりに思う傍から、何奴かがそれを打ち消す、平田はいよいよ出発したがと、信切な西宮がいつか自分と・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
・・・ほんにわたしの嬉しいと思ったその数は、指を折って数えるほどであるけれど、その日の嬉しかった事は夢のようでございました。この窓の前の盆栽の花は、今もやはり咲いている。ここにはまたその頃のがたがたするような小さいスピネットもある。この箪笥はわた・・・<著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外「痴人と死と」青空文庫>
・・・葉の色などには最も窮したが、始めて絵の具を使ったのが嬉しいので、その絵を黙語先生や不折君に見せると非常にほめられた。この大きな葉の色が面白い、なんていうので、窮した処までほめられるような訳で僕は嬉しくてたまらん。そこでつくづくと考えて見るに・・・<正岡子規「画」青空文庫>
・・・ああ北海道、雑嚢を下げてマントをぐるぐる捲いて肩にかけて津軽海峡をみんなと船で渡ったらどんなに嬉しいだろう。五月十日 今日もだめだ。五月十一日 日曜 曇 午前は母や祖母といっしょに田打ちをした。午后はうちのひば垣・・・<宮沢賢治「或る農学生の日誌」青空文庫>
・・・陽子は嬉しいような、何かに誘われるような高揚した心持になって来た。彼女は男たちから少し離れたところへ行って、確り両方の脚を着物の裾で巻きつけた。「ワーイ」 目を瞑り一息に砂丘の裾までころがった。気が遠くなるような気持であった。海が上・・・<宮本百合子「明るい海浜」青空文庫>
・・・しかし木精の答えてくれるのが嬉しい。木精に答えて貰うために呼ぶのではない。呼べば答えるのが当り前である。日の明るく照っている処に立っていれば、影が地に落ちる。地に影を落すために立っているのではない。立っていれば影が差すのが当り前である。そし・・・<森鴎外「木精」青空文庫>
・・・「これからはまた新田の力で宮方も勢いを増すでおじゃろ。楠や北畠が絶えたは惜しいが、また二方が世に秀れておじゃるから……」「嬉しいぞや。早う高氏づらの首を斬りかけて世を元弘の昔に復したや」「それは言わんでものこと。いかばかりぞその・・・<山田美妙「武蔵野」青空文庫>
・・・「あたし、あなたより、早く死ぬから、嬉しいの。」と彼女はいった。 彼は笑い出した。「お前も、うまいことを考えたね。」「あたしより、あなたの方が、可哀想だわ。」「そりゃ、定まってる。俺の方が馬鹿を見たさ。だいたい、人間が生・・・<横光利一「花園の思想」青空文庫>
・・・ですがその奥さまというのが、僕のためにはナンともいえない好い方で、その方の事を考えても、話にしても、何だか妙に嬉しいような悲しいような心持がして来るんです。美人といえばそれまでですが、僕はあんな高尚な、天人のような美人は見た事がないんです。・・・<若松賤子「忘れ形見」青空文庫>
・・・犬がころげてもおかしい、子供が通っても嬉しい。スクルジは黄金の執着を脱して perfect life of love and peacefulnessに一歩踏み入った。現代に清きはただ家庭である。暖かき円満なる家庭を有するものは人生に幾分の・・・<和辻哲郎「霊的本能主義」青空文庫>
ゼミ学習⑨>ゼミ学習⑨2006年07月08日07:45七夕の日に誰と会ったかとなるとめったに会わない人となるが、ゼミに遠来の見学者が見えた ホームステイの友を連れてきてゼミに来......
2017-07-08 07:31:07 | 日記
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ゼミ学習⑨
2006年07月08日07:45
七夕の日に誰と会ったかとなるとめったに会わない人となるが、ゼミに遠来の見学者が見えた
ホームステイの友を連れてきてゼミに来てよいかと言われて好いよと、実現した
それで会話本を片手にゼミに出たらとんでもない
アメリカからきたフイリッピンの人、看護を勉強中と
何語を話すかと聞かれてチョビットとの中国語と英語と答えていたら
ゲストの彼女はは5つの語を話す、英語、スペイン、タガログ、あとふたつをフィリピの言語と聞いた
挨拶をしてコミュニケーションをわいわい、ゼミ始まってのスモールトークは、ようこそと話して
ゼミ発表をしてまたコミュニケーションタイムとした
ゼミに参加するのは来るもの拒まず
ボクも参加者の一員、ゼミ仲間はよろしく
ゼミに友人を作るのがまず第一歩だ
そこにアメリカからの客があり、友人となった
専門はコミュニケーションの演習だ
日本語コミュニケーションをどう行うか
スタイルも話し方も気持ちのとりかたも
いまのままでよい、すべて、そこからスタートし
挨拶はゼミ仲間お互いの無事な毎日を確認して
スモールトークになる、話題を出し合って5分
出かけに目にしたこと耳にしたことをあれこれ
司会者が仕切って発表者が予定タイムを20分と答えて
プレゼンテーションの内容を工夫して資料を作り
聞いてもらって議論が始まる、質問と意見と
おわれば次の予定を確かめるので、またわいわいと
互いに参加するゼミを作る、タンパを作る、合宿を決める
早口ことばを、早口そそり、と言うと
それに質問が出て答えの用意がないと聞いていて
そうだな、知らないなと思っていたまま
議論がうつっていってフォローできなかった
発表者の工夫には滑舌法にも主眼があって
発声練習と発音のしやすさ、しにくさを練習とした
ここに意外にも早口ことばがいえないのは
両唇破裂音を歯茎破裂音と組み合わせて通鼻音にする
ナナなまむぎ、ナナなまごめ、ナナなまたまご
わざわざナナ、7つにしたところがおもしろい
生麦だけなら得意だと言う、それでたしかにそうだ
それをナナナとする
ア行音と母音の口の開きが日本語を美しくする
正確には美しく発音しているように見せることが出来る
表情ができるのである
面接の問答に役立つこと限りない
早口そそりは口上をいうときの、台詞の言い回しを言うか
早口でそそる、か、発表者も引いた4要素を
>この四つの要素が一つの文句として長つづけにしたものを「早口そそり」と呼称します
http://user.komazawa.com/hagi/KO_asobi.html
とあるが、長続けというのは、解説らしくない
>このそそりの文句が自由に介在して続けられるのが特徴で、二代目市川団十郎の外郎売り(享保三年)の科白
ともあるので、見てみると
>拙者親方と申すは、御立合の中(うち)に、ご存(ごぞんじ)のお方もござりませうが、お江戸を立(たつ)て二十万里上方(かみがた)。相州小田原。一しき町をおすぎなされて、青物町を登りへお出なさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪いたして、円斎となのりまする。元朝(ぐわんてう)より大晦日(おほつごもり)まで、御手に入まする御薬は昔ちんの国の唐人、ういらうといふ人、我が朝へ来り帝へ参内の折から、この薬を深く籠置、用ゆる時は一粒づつ、冠の隙間より取り出す。依ってその名を帝より、頂透香(とうちんかう)と給はる。則文字にはいただきすく香(にほひ)と書てとうちんかうと申す。只今はこの薬殊の外(ほか)世上に広まり方々に似せ看板(かんばん)を出し、イヤ小田原の灰俵のさん俵の炭俵のこと。いろいろに申せども、平仮名をもつてういろうと致したは、親方円斎ばかり。もしやお立合の内に、熱海から塔ノ沢へ湯治にお出なさるるか、又は伊勢御参宮の折からは必ず、門(かど)ちがひなされまするな御登ならば右の方、お下なれば左側八方か八棟(やつむね)おもてが三つ棟玉堂造りはふには菊に桐のたうの御紋を御赦免有て系図正しき薬でござる。イヤ最前より家名のじまんばかり申しても、御存ない方には、正真の胡椒の丸呑、白川夜舟、さらば一粒たべかけて、その気合をお目にかけませう先この薬をかやうに一粒舌の上にのせまして、腹内へ納めまするとイヤどふともいへぬは、いかん肺肝がすこやかになりて、薫風咽より来、口中よびりやうを生ずるがごとし。魚鳥木の子麺類の食い合わせ。そのほか万病速効あること神のごとし。さてこの薬第一の奇妙には舌のまはる事が銭ごまがはだしで逃げる。ひょっと舌が回り出すと。矢も楯もたまらぬじや。そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃ回ってくるは。あわや咽、さたらな舌にかげさしおん。はまの二つは唇の軽重かいごふ爽(さはやか)に。あかさたなはまやらわ。をこそとのほもよろお。一ツぺぎへぎにへぎほしはじかみ、盆まめ盆米ぼんごぼう。摘蓼(つみたで)つみ豆つみ山椒。書写山の社僧正(やそうぜう)。こゞめのなま噛(がみ)小米のこなまがみこん小米のこなまがみ。繻子(しゆす)ひじゆす、ひじゆす繻子しゆちん。親も嘉平衛子も嘉兵衛、親かへい子嘉へい、子嘉兵衛親かへい。古栗(ふるくり)の木のふる切口。雨がっぱがばん合羽か、貴様のきやはんも皮脚絆、我等がきや絆も皮脚絆。しつかわ袴のしつぽころびを、三針(みはり)はりながにちょと縫て、ぬふてちよとぶんだぜ。かはら撫子野石竹(なでしこのぜきちく)。のら如来のら如来。三のら如来にむのら如来。一寸のお小仏におけつまづきやるな。
>及び長歌の言興寺がそれにあたります
これをそそりと言うようだ
>ゼミ学習⑨2006年07月08日07:45七夕の日に誰と会ったかとなるとめったに会わない人となるが、ゼミに遠来の見学者が見えた ホームステイの友を連れてきてゼミに来......
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