受動態

ymksk

受動態 Passive voice 英語学習に用語が出てきて、文の態としてならう。文法範疇に、voice があり、その規則を知る。そこに母語、日本語との対照が意識されるようになって、規則があることと、表現法の違いを、また、知ることにもなる。学習をして逐語の訳をもってとらえるのは、英語における説明が、その規則にあるように見えて、学びやすく感じることがある。したがって受動態という用語で一通りの認識をすることになると、国語にある、同様の表現法として、受け身を思い起こす。受け身の助動詞用法である。国語の助動詞の機能は、語尾に屈折して、言語でいえば膠着語の現象で、語尾の語形変化を見ることになる、その語形には、ほかに用法があって、ただ形式で見れば、自発、尊敬、可能の用法をも持つ、そこに受け身が加わって、語法として漢語の影響にあったとも考えられる。

漢語文法は、いま中国語文法と見ることになるが、古典漢語を対照する前に、現代中国語のサイトによる。書面での用法と口語の用法とで違いがあり、受け身の説明は、動作主の省略に着目すると、“被” “给”を使う時は省略できるとある。



http://chugokugo-script.net/bunpou/%E5%8F%97%E3%81%91%E8%BA%AB%E6%96%87.html
>中国語の受け身文の特徴
中国語の受け身文は、日本語の受け身…「れる・られる」を使った文とは異なる部分があります。その特徴を下に書くと
1. 中国語の受け身文は「AがBによって強い影響を受け、その結果どうなったか」を述べる文で、一般には「被害を受けた」「評価を受けた」「選択された」などの時に使われ、そうした影響がない時は、日本語や英語なら受け身でも中国語では受け身文にはなりません。
2. 受け身のマークとしては介詞の“被”bèi“让”ràng“叫”jiào“给”gěiなどが用いられ、その際受け身文は次のような構造になります。
  主語+“被”(“让”“叫”“给”)+動作主+動詞+付加成分
この時の動作主ですが、“被” “给”を使う時は省略可能で、“让”“叫”の場合は省略ができません。
>“被”“让”“叫”“给”の違い
“被”“让”“叫”“给”はみな介詞ですが、“被”とそれ以外の“让”“叫”“给”には違いがあります。
1. “被”
“被”は書面語、口語どちらでも使えます。また動作主を省略できます。
2. “让”“叫”“给”
“让”“叫”“给”は口語で使います。書面語では使いません。また“给”以外は動作主を省略することはできません。そのほかの使い方は“被”と同じです。



https://www.efjapan.co.jp/eigo-resources/english-grammar/passive-voice/

受動態の機能
受動態は、行動を行なう人や物よりもそれを体験している人や物に興味を示すことに使われます。つまり、最も重要な人や物が文章の主語になるのです。

EXAMPLES
The passive voice is used frequently. (= それを使う人ではなく、受動態に興味がある)
The house was built in 1654. (= それを建てた人でななく、家自体に興味がある)
The road is being repaired. (= それを修理している人ではなく、道自体に興味がある)

誰がその行動をしたかを知らない、または述べたくないので受動態を使う場合もあります。


I noticed that a window had been left open.
Every year thousands of people are killed on our roads.
All the cookies have been eaten.
My car has been stolen!

https://www.efjapan.co.jp/eigo-resources/english-grammar/passive-voice-active-voice/

受動態と能動態
能動態で書かれた文章は、受動態の文章より理解しやすいものです。受動態を能動態に替えることは複雑なことではありませんが、少し練習が必要です。
能動態を使うためには、行動の主語を明確にする必要があります。


ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
文法範疇
ぶんぽうはんちゅう
grammatical category
言語学用語。言語を記述する際,文法上抽象化するための種類のこと。第1次範疇として品詞があり,これを語彙範疇ともいう。第2次範疇として文法性,数,格,人称,時制,アスペクト (相) ,法 (モード) ,態 (ボイス) などがある。文法範疇はどの言語にも多かれ少なかれ共通した抽象概念であるが,言語によってそれが義務的であったり随意であったりする。たとえば複数は,英語などでは two books; many booksなどと必ずこれを標示しなければならないが,日本語ではその必要がない。