述節

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文法用語に、述節がある。
>普通名を修飾して、名詞句を作る言語表現である。  63ページ
連体修飾節にほかならないとする。
坂井秀寿、日本語の文法と論理、1979年11月、勁草書房。
この文法書はブログで数度にわたって取り上げている。ちょうど開いたページに、文について述べるところ、
>いわゆる形容詞と、いわゆる動詞とを機能にかんして区別する理由は何もない、と考える。いわゆる形容動詞もまた、然りである。 同上ページ
と述べて、「文」を 真あるいは偽である言語表現 と定義することは一向にさしつかえない、とする。
そして縷々、完全不完全、有意味、といった言語表現をあげて、文をとらえている。
>  「美しい」「殴る」「殴られる」
といった単一の言語表現もまた、文とみなすことが許されるであろう。
文についての説明に、上記に加えてこれに尽きるのであるが、この論理には言語翻訳の限界がある、ということを思い出す。

40年前になる、国語文法研究の駆け出しのころに、この書を読んだ最初の印象のままである。
それはアンダーラインをもって読み取っているのは、§2日常言語(自然言語)と論理 10ページから15ページまで。
その12ページに見る、翻訳手続きによる有意味、翻訳可能な言語表現の制約について、自然言語の疑問文、命令文、禁止文、感嘆文、文頭詞(感動詞)、文末詞、待遇表現、などなどと、この表現はテキストで排除され、翻訳をあきらめざるを得ないし、記述文の命題が論理であるゆえに対象となるだけの、文法と論理である、それは多くの論理学者の根強い信仰に基づくらしい。
この文法解説は、第7章にもおよび、249ページ以下、前途瞥見として、日本語文法の整合的な解釈を課題とするのである。
述節にもしかるべく日本語形容詞にある連体修飾を見ているだけか?