国語の時期、日本語の地域
1114 国語と日本語とこのふたつの呼称を考える。日本をニッポン、ニホンと国号で捉えるよりは。この国の名前には、漢字表記の文字遣いが、唯一、正しいとすることができるが、国語と日本語ではそもそも表記が違うということからもこの呼称については区別をしておかなければならい。ちなみに国号はひとつであること、しかしその言語事情、わが国の文字遣いからすれば発音による言葉の違いをどう議論するかによっては解決がつかない、と言っていい、現象である。
論としての現代日本語
国語と日本語は言語対象としてひとつである。この言語現象を1300年余りにわたって記録するのも、それを一つの言葉と見るのも、なかなかにあることではないから、それを以て国語とするか日本語とするか、はた民族の、地域の、継承された言葉と見るのはそう難しいことではない。漢字を借用し発音表記を工夫してきたのは、漢字を真字にしてさらに音として仮字の、片仮名を発明したことによる。漢字を崩した草のことが平仮名と呼ばれるようになるのは、そこから地域の言葉としての見方が芽生えてきたものであろう。
国家中央の、国家意識はそこにどの程度認めるかには歴史的な見解の解決が求められるが、やまとにあってさらに都の、みやこうつりをしての言葉、それを言語意識によるものとすれば、大和の言葉が豪族そして貴族の階級にもてはやされるようになる。のちに国語と称されるようになるが、国語とはとつ国の語を和らげとして表記したことにある。地域の言語にあった国語ととらえられたものは時代が下って、キリシタン資料に見えるやわらげの言い方から和字をもってする見方となり、国語は和語に取り入れられたようである。
和語とはまさにやわらげの語であったものを倭国の和をもってする大和語に拡大する。さて、こうして国語は時代における読み書きに据えられることになる。近代の教育科目名が覆うことになる。国語は時代に言えば、国語の時期があるのだが、それはまさに国語時代と称してよい。大和言葉の時期からその言いを以て国語とする近代においては次なる日本語時代が到来して連続する日本言語の現象に時期を画することになる。国語時代は有史以降1980年代までに見え、そして日本語時代がやってきたのである。国語時代から日本語時代へ、大和言葉が継承されてくると見れば和語国語そして日本語である。そこには古典語と国語、いまは現代日本語と呼称する時代が現れる。
現代日本語と日本語時代との画期は何によるものか。国語時代はいつまでなのか、その終焉はあるか。その論は、ことばと言語と、ことばには詞と辞と、そして言語は言と語と、それぞれに国語と日本語のうちにある。そして現代とはいつのことか。
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