もののふ

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もの の ふ である。
物部を宛てる。武士を宛てるのは時代が下がってのことだから、文武の官が武者となる。

歴史上の概念として、より狭義に武力を有する封建的領主階級およびその先駆的存在としての特定の社会階層に属する人々をさす、という解説がある。

武士は、10世紀から19世紀にかけての日本に存在し、戦闘を本分とするとされた、宗家の主人を頂点とした家族共同体の成員である。もののふと読み倣わすが、その起源については物部氏の名に求めるなど諸説がある、とウイキペディアは述べる。

もののふ は、修辞技巧の枕詞である。古代において言葉の用法が定着していた。万葉集 枕詞における用字研究「もののふの」  2008年7月21日掲載  当サイト管理人 植芝 宏 によると、

> 「もののふ」は主に八十伴の男(ヤソトモノヲ)、八十氏河(ヤソウヂガハ)(宇治川)にかかる枕詞で21首に詠まれている。用字をみると主な訓読み表記は「物部」で、文武の官のこと。宮廷に仕える文武の官が多いので、八十(ヤソ)にかかる。八十(ヤソ)は数の多いことをいう。今も、昔もお役人が多いということか。「八十氏河」も同様、氏の多くあるところからヤソウヂガハという。数の多い氏(ウヂ)と宇治川(うじがわ)のウヂが同じ発音だから、「もののふ」が宇治川を導く枕詞となった。
http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/105_06.htm

とあり、次のように整理して記載する。


   首数  表記  かかる詞  番号  作者
巻1 2  物乃布 八十氏河 50 (藤原宮役民)
物部 大臣     76 元明天皇
巻3 3  物乃部 八十氏河 264 柿本人麻呂
物部 臣の壮士 369 笠金村歌集
物乃負 八十伴の男 478 大伴家持
巻4 1  物部 八十伴の男 543 笠金村        
巻6 3  物部 八十伴の男 928 笠金村
八十伴の男 948 作者未詳
物負 八十伴の男 1047 田邊福麿歌集
巻8 1  物部 石瀬の社 1470 刀理宣令
       
巻11 1  物部 八十氏川 2714 作者未詳        
巻13 2  物部 宇治川     3237 作者未詳
八十の心 3276 作者未詳       
巻17 1  物能乃敷 八十伴の男 3991 大伴家持
巻18 3  毛能乃布 八十伴の男 4094 大伴家持
毛能乃敷 八十伴の男 4098 大伴家持
物能乃布 八十氏人 4100 大伴家持
巻19 3  物部 八十少女 4143 大伴家持
物乃布 八十伴の男 4254 大伴家持
毛能乃布 八十伴の男 4266 大伴家持
巻20 1  母能乃布 男女 4317 大伴家持


  一字一音 数 訓読み 数
  毛能乃布 2 物部 10
  毛能乃敷 1 物乃布 2
  物能乃布 1 物乃部 1
  物能乃敷 1 物負 1
  母能乃布 1 物乃負 1

記紀歌謡にはこの枕詞はない。


日本国語大辞典
もの‐の‐ふ 【物部・武士】 〔名〕
(1)(物部)令制前、大王に仕えた諸集団。大王に奉仕したさまざまな人々。つかさどる職分によって集団が分かれていて、それら集団の総称として用いられていた。
*古事記〔712〕下・歌謡「物部(もののふ)の 我が夫子(せこ)が 取り佩ける 太刀の手上に 丹画き著け」
*万葉〔8C後〕二〇・四三一七「秋野には今こそ行かめ母能乃布(モノノフ)のをとこをみなの花にほひ見に〈大伴家持〉」
(2)武勇をもって主君に仕え戦場で戦う人。武人。武者。戦士。つわもの。もののべ。
*宇津保〔970~999頃〕俊蔭「年頃やしなひつる猿、なほこの人をあはれと思ひて、もののふの寝しづまるをうかがひて」