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人を迎えて
2006年08月09日
暑いなか、日本旅行を決めて、九州、京都、大阪、名古屋、東京と、まわって見えていた人たちが研究室へやってきた
東京からの帰名にはさすがに、台風接近中とあって心配をしていた
いまやディズニーの観光は定番としてよくある3泊2日の行程は夜行バスを往路だけにして新幹線で戻ってきたとのこと、ほっとしたのはこちらだった
夏休みを利用した研究室の訪問は遠来の客、帰省のなかま、いつも顔を見せてくれる方々と、うれしい限りだ
お盆を前にして、暑い暑いと言っていれば、それで済みそうなものを、いやがうえにも、マスマスヒートシテイルノガ、国論の2分裂の状況だ
誰もが息を潜めて、1週間さきの日を見つめるような毎日になってきたのは、どうしてなのだ
どれほどの理由をつけようとも、国内外から注目を浴びてしまった、国の世論がひとつにならない責めは、そのリーダーの行動にある
歴史認識に決着が図られるかのような、過去の歴史を肯定するかのその認識の程度に、わたしたちは、敗戦後の60年余を生きてきたのだ、ということが、この劇場型政治を演出して国民をあおった、ひとりの宰相が日本をとんでもない方向へといざなった
まるで踏み絵である
政治の公約が意味するものを
政治家自らが実証してみせる
日本の公権力の持つ業である
原爆忌がヒロシマ、ナガサキと世代を継いで、思いをいっぱいにして行われる
同じ思いのその集いに、絶えず繰り返されてきたのは、忘れるな、2度と起こすな、という一方で、この人たちの死を超えて平和の建設をしなければならない、訴えなければならない、という願いだったはずだ
武器を手にして、その武器を強固なものにしていけば、必然に生まれる思い上がる力への依存だ、再軍備なのだ
軍への想いは、その矛先があれば、武力をもってかつての尊い犠牲に報いるべく、発想を平和へとの思いに、そのうらはらに、敵をあらたにもちながら過てる戦いをて、憎しみとその報復の思いが生まれ出るのは必定だ
そこに耐えてきた、憎しみを抑える心は、一転して凶暴な衣をまとう
そこへ導くは、まずは、一発も一人も自らの犠牲を持たずに派兵したのだと、のたまわった宰相の謂わば軍事のおごりだ
この恐ろしき現実を、兵士たちがどんな思いで支えてきたかを知るよしもなく
また英霊を慰めるとの口実で、自らが行うその姿に、不戦の誓いが、不実な行為を伴うことのように意に反してなお民衆にさらし、公衆を一方へと向かわせる、自らのあざとくする行為をを自覚していない