広辞苑「台湾は中国の一部」に改定
広辞苑に記述する、台湾、その項目で、第6版を取り出してみる。そのうちに、日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めた、という説明は見えない。それを改定に加えたという、黄さんのブログ及びRecord chinaの記事である。まだ第7版を確かめていないので、ここでは、いま、対照はできない。
日本の広辞苑が「台湾は中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷
http://e.mag2.com/2k7BbG3
http://www.mag2.com/p/news/333476?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_1130
日本の広辞苑が「台湾は中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷
>岩波書店の広辞苑の中における台湾についての表記が問題だと言われているのは、次の3点です。
台湾の項目にある「1945年日本の敗戦によって中国に復帰し、49年国民党政権がここに移った」。
中国地図に、台湾が中国の26番目の省として記述されている。
日中共同声明の項目の記述で、「日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めた」という記述。
確かに、国民党政権は台湾に入ってきましたが、中国に復帰はしていません。台湾は中国のひとつの省ではありません。そして、日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めていません。よって、この3点が間違いだというわけです。
とくに3.について、台湾は中華人民共和国に帰属するという中国の主張に対して、日本側はその立場を「十分理解し尊重する」としただけで、「帰属を認めた」わけではありません。
http://www.recordchina.co.jp/b221098-s0-c30.html
広辞苑が台湾を「中国の省の1つ」としたことに抗議の声が上がる―中国メディア
Record china配信日時:2017年11月24日(金) 7時10分
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23日、中国メディアの環球時報は、広辞苑に台湾が中国の省の1つとして記載したことについて、抗議の声が上がっていると伝えた。
2017年11月23日、中国メディアの環球時報は、広辞苑に台湾が中国の省の1つとして記載したことについて、抗議の声が上がっていると伝えた。
記事は台湾メディアが、日本の国民的辞典である広辞苑が10年ぶりに改定した際、地図の中で台湾を中国の省の1つとして記載したと伝えたことを紹介。広辞苑の誤りを訂正するよう求める声が出ていると伝えた。
台湾メディアは、広辞苑を出版する岩波書店は「親中で左翼的」だとしている。そして広辞苑は日本全国の図書館や学校、家庭、職場で広く使用されている社会に大きな影響を与える辞典だと紹介。このため、在日台湾同郷会や日本の台湾研究フォーラムから抗議の声が出ていると伝えた。それによると、広辞苑には台湾に関する3つの誤りがあるという。
その1つが、台湾の項目にある「1945年日本の敗戦によって中国に復帰し、49年国民党政権がここに移った」という記述だ。抗議団体はこの記述が完全に「事実に反している」としている。
2つ目は、1811ページの中国地図に、台湾が中国の26番目の省として記述されていることだ。
3つ目は、日中共同声明の項目の記述で、「日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めた」という記述だ。
この3つの誤りは、中国の政治的宣伝と関係があり、日本国民を誤導し、台湾侵略という中国の野心を正当化するものだと主張しているのだという。
環球時報の記者が日本のツイッターなどのSNSで確認したところ、岩波書店に圧力をかけ、誤りを訂正するよう呼びかける投稿があるものの、答え応じている人はごくわずかだという。岩波書店がこうした台湾の団体からの「雑音」に応じて、中国の強い反発を招くようなことをする見込みはほとんどないとの見方があると記事は伝えた。(翻訳・編集/山中)
ウイキペディアより
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1945年に当時中国大陸を本拠地とした中華民国の統治下に入り、1949年に中華民国政府が台湾に移転した。1955年以降、中華民国は台湾本島以外にも澎湖諸島、金門島、馬祖島、東沙諸島、南沙諸島の太平島を実効支配しているが、全体の面積に占める台湾(本島)の割合は99%以上になる。そのため、中華民国の通称として「台湾」と表記される(詳細は定義参照)。近隣諸国としては、東及び北東に日本、南にフィリピンがある。事実上の首都は台北市である。台北県が直轄市となったことにより成立した新北市は、台北市及びその外港である基隆市を囲む大都市圏を包含し、2016年時点では同島で人口最多の都市である。
概要
かつては「フォルモサ」 (ポルトガル語: Formosa, 「麗しの島」) として知られた台湾島は、漢民族が同島に移住し始めた17世紀における大航海時代のオランダ及びスペインの植民まで、台湾原住民が主に居住していた。1662年、明寄りの支持者である鄭成功はオランダを追放し、同島初の漢民族の政治的実体である東寧王国を設立した。清は後に同王国を破り、台湾を併合した。1895年に日清戦争の結果下関条約にて台湾が日本に割譲されるまでは、台湾の居住者の大多数は漢民族であるか、漢民族に同化された台湾原住民であった。現在のDNAの調査によれば、8割が南方アジア系である。
1912年、中華民国が中国に設立された。1945年における日本の降伏後、中華民国は台湾の統治を引き継いだ。国共内戦後、中国共産党は中国大陸を完全に支配し、1949年には中華人民共和国を設立した。中華民国は政府を台湾へと移転し、同国の法域は台湾及びその周囲の諸島に限定された。1971年、中華民国が当初占有していた国際連合での中国の議席を中華人民共和国が継承した。多くの国が中華人民共和国へと国際的承認を切り替えるにつれ、中華民国の承認は次第に失われてきた。現在国連加盟21箇国及び聖座のみが中華民国と公式の外交を有するが、他の多くの国家とは駐在員事務所経由で非公式な関係を有する。そのため、多くは公式に台湾を中華人民共和国台湾省また台湾地域と表記している。
日本の広辞苑が「台湾は中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷
http://e.mag2.com/2k7BbG3
http://www.mag2.com/p/news/333476?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_1130
日本の広辞苑が「台湾は中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷
>岩波書店の広辞苑の中における台湾についての表記が問題だと言われているのは、次の3点です。
台湾の項目にある「1945年日本の敗戦によって中国に復帰し、49年国民党政権がここに移った」。
中国地図に、台湾が中国の26番目の省として記述されている。
日中共同声明の項目の記述で、「日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めた」という記述。
確かに、国民党政権は台湾に入ってきましたが、中国に復帰はしていません。台湾は中国のひとつの省ではありません。そして、日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めていません。よって、この3点が間違いだというわけです。
とくに3.について、台湾は中華人民共和国に帰属するという中国の主張に対して、日本側はその立場を「十分理解し尊重する」としただけで、「帰属を認めた」わけではありません。
http://www.recordchina.co.jp/b221098-s0-c30.html
広辞苑が台湾を「中国の省の1つ」としたことに抗議の声が上がる―中国メディア
Record china配信日時:2017年11月24日(金) 7時10分
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23日、中国メディアの環球時報は、広辞苑に台湾が中国の省の1つとして記載したことについて、抗議の声が上がっていると伝えた。
2017年11月23日、中国メディアの環球時報は、広辞苑に台湾が中国の省の1つとして記載したことについて、抗議の声が上がっていると伝えた。
記事は台湾メディアが、日本の国民的辞典である広辞苑が10年ぶりに改定した際、地図の中で台湾を中国の省の1つとして記載したと伝えたことを紹介。広辞苑の誤りを訂正するよう求める声が出ていると伝えた。
台湾メディアは、広辞苑を出版する岩波書店は「親中で左翼的」だとしている。そして広辞苑は日本全国の図書館や学校、家庭、職場で広く使用されている社会に大きな影響を与える辞典だと紹介。このため、在日台湾同郷会や日本の台湾研究フォーラムから抗議の声が出ていると伝えた。それによると、広辞苑には台湾に関する3つの誤りがあるという。
その1つが、台湾の項目にある「1945年日本の敗戦によって中国に復帰し、49年国民党政権がここに移った」という記述だ。抗議団体はこの記述が完全に「事実に反している」としている。
2つ目は、1811ページの中国地図に、台湾が中国の26番目の省として記述されていることだ。
3つ目は、日中共同声明の項目の記述で、「日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めた」という記述だ。
この3つの誤りは、中国の政治的宣伝と関係があり、日本国民を誤導し、台湾侵略という中国の野心を正当化するものだと主張しているのだという。
環球時報の記者が日本のツイッターなどのSNSで確認したところ、岩波書店に圧力をかけ、誤りを訂正するよう呼びかける投稿があるものの、答え応じている人はごくわずかだという。岩波書店がこうした台湾の団体からの「雑音」に応じて、中国の強い反発を招くようなことをする見込みはほとんどないとの見方があると記事は伝えた。(翻訳・編集/山中)
ウイキペディアより
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1945年に当時中国大陸を本拠地とした中華民国の統治下に入り、1949年に中華民国政府が台湾に移転した。1955年以降、中華民国は台湾本島以外にも澎湖諸島、金門島、馬祖島、東沙諸島、南沙諸島の太平島を実効支配しているが、全体の面積に占める台湾(本島)の割合は99%以上になる。そのため、中華民国の通称として「台湾」と表記される(詳細は定義参照)。近隣諸国としては、東及び北東に日本、南にフィリピンがある。事実上の首都は台北市である。台北県が直轄市となったことにより成立した新北市は、台北市及びその外港である基隆市を囲む大都市圏を包含し、2016年時点では同島で人口最多の都市である。
概要
かつては「フォルモサ」 (ポルトガル語: Formosa, 「麗しの島」) として知られた台湾島は、漢民族が同島に移住し始めた17世紀における大航海時代のオランダ及びスペインの植民まで、台湾原住民が主に居住していた。1662年、明寄りの支持者である鄭成功はオランダを追放し、同島初の漢民族の政治的実体である東寧王国を設立した。清は後に同王国を破り、台湾を併合した。1895年に日清戦争の結果下関条約にて台湾が日本に割譲されるまでは、台湾の居住者の大多数は漢民族であるか、漢民族に同化された台湾原住民であった。現在のDNAの調査によれば、8割が南方アジア系である。
1912年、中華民国が中国に設立された。1945年における日本の降伏後、中華民国は台湾の統治を引き継いだ。国共内戦後、中国共産党は中国大陸を完全に支配し、1949年には中華人民共和国を設立した。中華民国は政府を台湾へと移転し、同国の法域は台湾及びその周囲の諸島に限定された。1971年、中華民国が当初占有していた国際連合での中国の議席を中華人民共和国が継承した。多くの国が中華人民共和国へと国際的承認を切り替えるにつれ、中華民国の承認は次第に失われてきた。現在国連加盟21箇国及び聖座のみが中華民国と公式の外交を有するが、他の多くの国家とは駐在員事務所経由で非公式な関係を有する。そのため、多くは公式に台湾を中華人民共和国台湾省また台湾地域と表記している。
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