0106 2026

ymksk


ブログ記事の20年をさかのぼって、このころを引用する。



テントー
2007年01月06日

天道は二つを意味する

ひとつは、天にいたる道

もうひとつは、天の道すなわち太陽のことをさす

請来した思想ならば、中国における考えかただ


てんどう、と読むほうが、わかりよい

ウイキペディアの説明するところでは

>天道とは、天への通路。天へ行く道。


しかしこの、道に意味がある

>道とは路であり、理(ことわり)、法則のこと。

>理を究め、先天の八卦を描いた伏義氏は、天を仰ぎ観、地に俯して察し、はじめて天地の生れ出た天地創造と還源の理を顕した。

伏義氏を継いで、神農、黄帝の後に、少昊、顓頊、帝嚳、帝堯、帝舜、帝禹、湯王、文王、武王、周公と続き、孔子が曾子に伝え「我が道、一以てこれを貫く」と言われ、一貫という名称が初めて経典に載った。

この源を老子は「大道無形にして天地を生育す」と表している。


また、いまひとつは

>天道(てんとう)は日本における太陽神。太陽。日輪。「お―さま」。


これは、テントー、となる

>一般的にお天道様(おてんとさま)とも言うように太陽を神として祀られる。


この二つは、おなじか、ことなるか

ことばの現象からすれば

かたちが、すなわち発音が異なれば意味も異なる

むしろ、お天道様にさまざま、日本の素朴な信仰が見られる


>また天童信仰においては日の神の子として天童(てんどう)という言葉もある。

釈迦由来の仏教では六道の一つに密かに数えられている。

てんとうむし(天道虫)なども一般的。


そこで太陽神を参照すると

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E7%A5%9E

太陽の消失との関連が日本神話にも見られることがわかる

中国で太陽が神格化されなかったことは日本の捉え方と対比されてよいが、いずれ道教の影響が日本に及んだのである


この前、ティダについてふれたときの、しののめ、の思い入れは、この太陽神とも関係する

そのときの質問は東雲と曙のちがいであった

その具体的な違いを篠の目から説明を試みたが、それは古代人が工夫をしたことばのあやであるから、東の雲とするのも、興味のある捉え方だということになる

あけぼのは、あけてほのぼのとする様子であるなら、篠の間をさす光が明け方を示すという説明は、もうひとつ、何かがありそうな語である


用例の帰納から、たなびく明け方の横雲に連想をした文字使いはすばらしい

シナ照る神としての日輪を見るなら、シノはひかりそのものであり、明けて光がさすことになる

それは太陽神の出現をさすことばになる

アマテラス大御神にほかならない