万葉語り10
万葉集には天皇の御製歌として舒明天皇に続く。
この歌の時代よりも前の歌は巻一の冒頭歌、雄略天皇の歌をはじめ、八首である。
そのもっとも古い歌は巻二の次の歌である。
巻二の第85番歌から第88番歌までである。
仁徳天皇の時代、磐姫皇后の作とする。
西暦400年のころ、雄略天皇の時代をさかのぼること約75年前である。
この時期は古事記下巻の時代である。
万葉集の歌がこの歌を掲げて古事記の時代を受け継ぐように続くとする見方がある。
この4首には第89番歌の或本の歌のように、編集をした経緯がうかがわれる。
さらに、古事記を引いて、第85番歌の考証をしている第90番歌の左注がある。
資料を載せる注には、万葉集の成立を探ることができる。
相聞の冒頭歌を見る、歌番号は第85番歌から第88番歌まで。
難波の高津の宮に天の下しらしめす天皇の代
磐姫皇后、天皇を偲ひて作らす歌四首
きみがゆき けながくなりぬ やまたづね むかへかいかむ まちにかまたむ
かくばかり こひつつあらずは たかやまの いはねしまきおて しなましものを
ありつつも きみをばまたむ うちなびく わがくろかみに しものおくまでに
あきのたの かりほのうへに きらふあさかすみ いつへのかたに あがこひやまむ
最初の歌には注があり、山上憶良臣が類聚歌林にに載す、とある。
また、88には続いて、或本の歌に曰く、として、次の第89番歌がある。
ゐあかして きみをばまたむ ぬばたまの あがくろかみに しもはふるとも
この歌はまた、古歌集のうちに出づ、と注がある。
大キササギの天皇、おくり名して仁徳天皇と言う、十六代、仁徳天皇の皇后の歌と題詞には記す。
が、磐姫皇后の実作とは見ずに、後人の古歌などを組み合わせた作と見る解説がある。
すなわち、4首に心情の連鎖を、煩悶、興奮、反省、嘆息と並べた、漢詩に倣う起承転結の構成を見る。
古歌集にあるというのは、万葉集編纂の資料の一つとみられる。
歌の引用は国歌大観番号、角川日本古典文庫を用いる。
この書の注釈と解説による。
伊藤博校注 万葉集 上下巻 角川書店
この歌の時代よりも前の歌は巻一の冒頭歌、雄略天皇の歌をはじめ、八首である。
そのもっとも古い歌は巻二の次の歌である。
巻二の第85番歌から第88番歌までである。
仁徳天皇の時代、磐姫皇后の作とする。
西暦400年のころ、雄略天皇の時代をさかのぼること約75年前である。
この時期は古事記下巻の時代である。
万葉集の歌がこの歌を掲げて古事記の時代を受け継ぐように続くとする見方がある。
この4首には第89番歌の或本の歌のように、編集をした経緯がうかがわれる。
さらに、古事記を引いて、第85番歌の考証をしている第90番歌の左注がある。
資料を載せる注には、万葉集の成立を探ることができる。
相聞の冒頭歌を見る、歌番号は第85番歌から第88番歌まで。
難波の高津の宮に天の下しらしめす天皇の代
磐姫皇后、天皇を偲ひて作らす歌四首
きみがゆき けながくなりぬ やまたづね むかへかいかむ まちにかまたむ
かくばかり こひつつあらずは たかやまの いはねしまきおて しなましものを
ありつつも きみをばまたむ うちなびく わがくろかみに しものおくまでに
あきのたの かりほのうへに きらふあさかすみ いつへのかたに あがこひやまむ
最初の歌には注があり、山上憶良臣が類聚歌林にに載す、とある。
また、88には続いて、或本の歌に曰く、として、次の第89番歌がある。
ゐあかして きみをばまたむ ぬばたまの あがくろかみに しもはふるとも
この歌はまた、古歌集のうちに出づ、と注がある。
大キササギの天皇、おくり名して仁徳天皇と言う、十六代、仁徳天皇の皇后の歌と題詞には記す。
が、磐姫皇后の実作とは見ずに、後人の古歌などを組み合わせた作と見る解説がある。
すなわち、4首に心情の連鎖を、煩悶、興奮、反省、嘆息と並べた、漢詩に倣う起承転結の構成を見る。
古歌集にあるというのは、万葉集編纂の資料の一つとみられる。
歌の引用は国歌大観番号、角川日本古典文庫を用いる。
この書の注釈と解説による。
伊藤博校注 万葉集 上下巻 角川書店
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