20060228 2月尽き

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気温が上がるかと思ったが、冷たい1日だった。
はやいものだ、2月が去り、3月になる。
メール問題は議員が謝罪することでけりをつけようとする。
しかし謝罪してなお、偽ものとは断定できないなどというニュアンスのことを述べている野党代表に当人がテレビに映る。

疑惑は疑惑だとしたいのだろうが、きっかけとなったメールの信憑性に焦点があった。
証拠や根拠を示せとのやりとりに、警察や検察にしかない捜査権限を国会議員はどこまで追及できるかが、関心の的になった。
勝負ありの情報源に見向きもしなかった国政の担当者は事実無根を決め込んだ。
金で何でもできると言っていた男の右手を高々と上げて改革をするんだと叫んでいた姿はどんな真実を持っていたのか、記憶に消えない姿だ。

ミュンヘン事件は1972年のことだった。
それからたび重なるテロは、それまでもテロの戦いがあったのだが、殺しあうのはなぜだったか、国争い、聖地奪還、信仰の歪み、憎しみと、並べてみても繰り返す悲劇の上塗りにしか見えないほど、そこに関わる思いとは別に何を目指していた戦いだったかわからない。
いまそこに、アフガン以来の宗教がかかわって、その背景には石油パイプラインがあって、資本のせめぎあいのような、エネルギー確保と言う基地争いがある。
歴史を追って時間軸に戦いを見ていけばそこに現れるのは覇権争いになるか、武力の誇示による陣地合戦か、そして脅しあいなのだろうか。

イスラムが見え隠れさせるものは石油と予言による信念らしい。
中東のアラブの王族たちにもてるものともたざるものとが生まれたのは、資本の世界の影響だ。
土族、豪族、貴族、王様となる権力はその武器に信仰と家族主義に見える土地支配だ。
よれてもつれた糸をほどくと、そこにあるのは資源を争う人間の姿なのだろう。