国民の歌集

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万葉集を出典とする新元号を批評して、その作品の背景を解説、次いでいうところの国民的歌集はとらえ方が時代に遅れていると言う言説で、4月20日の時点で、今から2か月前、メディアの引用である。そのさきにも、ブログに、https://ameblo.jp/hioryu88/entry-12452774339.html  出た! 無頼品田教授の「令和」解釈 2019-04-08 08:16:20 と見えて、そこには、朝日新聞の、私の視点欄に投稿したものの紹介もあり、それがセンセーショナルになったようである、もとはといえば、品田悦一 万葉集はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。東京大学教養学部編、知のフィールドガイド 分断された時代を生きる 2018年8月 にある。高校生でも理解するというのは、この講座に趣旨があり、この出版のシリーズはこれに限らない。その内容には


https://www.hakusuisha.co.jp/book/b288154.html
知のフィールドガイド 科学の最前線を歩く
著者 東京大学教養学部 編
2017/07/25

内容説明
いま必要な〈知〉の領域を考える
何を学ぶべきかを考えるためのガイドブック

最新の自然科学の知見から、いま必要な〈知〉の領域を考える。東大駒場の人気公開講座より、学内外の研究者による20講義を収録。ノーベル賞受賞者から大ベストセラー執筆者まで、〈東大駒場〉で数百人を前に語られた科学と技術のこれから。

「教養」を意味するcultureという英語は「耕す」cultivateという動詞に由来する。したがって「フィールド」fieldという言葉も、「分野」「領域」である前に、まずは「畑」すなわち「耕すべき土地」という意味で解するべきだろう。〔……〕単にさまざまな「知」の配置を抽象的な見取り図として視覚的に把握するだけでなく、自分の足で複数のフィールドを歩き回り、畑ごとに異なる土の匂いを嗅ぎ、さらには指先で土に触れ、鍬を手にして実際に土地を耕してみることが必要なのだ。そうすることではじめて、「知識」という種子から「教養」という果実を実らせることが可能になるだろう。
——東京大学理事・副学長 石井洋二郎

越境する思考のために

流動性を増す現代。その課題に応えるはずの学問も複雑化し、なにを知るべきかを見定めることさえ難しい。いっぽう、「学問の社会還元」を合言葉にするかのように、とかく手早い成果が求められる。しかし、異質なもの、未知との遭遇は避けられないからこそ、長い目で事象をとらえる力が必要ではないか。
本書は、東京大学教養学部がこの問題意識に向き合うべく、高校生、社会人向けに開講する公開講座「金曜特別講座」を書籍化したもの。人文知や基礎研究に重きを置く教養学部。ときに過去の惨劇から反省し、ときにフィールドワークから他者に学ぶ。ニュートリノを探究し、いっぽうで医療や産業に研究を生かし生活に寄りそう。さまざまな時代や場所、日常から宇宙までを見つめる眼差しを、この講座は社会と共有してきた。いま必要な知がなにか、そのガイドとなるシリーズ二巻。「科学の最前線を歩く」では、ノーベル物理学賞受賞の梶田隆章氏をはじめ、学内外の研究者による講義を収録。異なるアプローチで事象を読みとくうち、学問領域の有機的つながりを実感できるだろう。情報が溢れる時代に、偏らない知識を摂取し、真理を探究し続けることの意義を考える。
[目次]
  「知識」から「教養」へ  石井洋二郎
Ⅰ 生を見つめなおす
 時間とは何だろう――ゾウの時間 ネズミの時間  本川達雄
 近代科学と人のいのち  渡部麻衣子
 死後の生物学  松田良一
 歴史の謎をDNAで解きほぐす――リチャード三世とDNA  石浦章一
 植物はなぜ自家受精をするのか――花の性と進化  土松隆志
 iPS細胞からヒトの臓器をつくる――再生医療実現のための工学  酒井康行
Ⅱ 自然の叡智に学ぶ
 飛行機はどうして飛べるのか――未来の航空機を考える  鈴木真二
 柔らかいロボットをつくる――粘菌に学ぶ自律分散制御  梅舘拓也
 匂い源探索ロボットをつくる――昆虫科学が拓く新しい科学と技術  神崎亮平
 きのことカビとバイオマスと――微生物の酵素によるバイオマス利用  五十嵐圭日子
 宇宙で電気をつくる――宇宙太陽光発電と地球のエネルギー問題  佐々木進
Ⅲ 日常に寄り添う
 ヒトのこころの測定法  四本裕子
 音の科学・音場の科学  坂本慎一
 美肌の力学――工学でシワを予測する  吉川暢宏
 建築のデザインという学問  川添善行
 ネコの心をさぐる――比較認知科学への招待  齋藤慈子
Ⅳ 宇宙の根源を問う
 超新星ニュートリノで探る大質量星の最後の姿――超新星爆発  川越至桜
 素敵な数、素数  寺杣友秀
 地球と生命の共進化――多細胞動物の出現とカンブリア爆発  小宮 剛
 宇宙のかたち――数学からのチャレンジ  河野俊丈
 ニュートリノの小さい質量の発見  梶田隆章
  あとがき  松田良一




https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64241?page=5
東大教授が解説!「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ

安倍総理ら政府関係者は次の三点を認識すべきでしょう。
一つは、新しい年号「令和」とともに〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージの飛び交う時代が幕を開け、自分たちが日々このメッセージを突き付けられるはめになったこと。
二つめは、この運動は『万葉集』がこの世に存在する限り決して収まらないこと。
もう一つは、よりによってこんなテキストを新年号の典拠に選んでしまった自分たちはなんとも迂闊(うかつ)であったということです。
もう一点、総理の談話に、『万葉集』には「天皇や皇族・貴族だけでなく、防人や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌」が収められているとの一節がありました。
この見方はなるほど三十年前までは日本社会の通念でしたが、今こんなことを本気で信じている人は、少なくとも専門家のあいだには一人もおりません。高校の国語教科書もこうした記述を避けている。かく言う私が批判しつづけたことが学界や教育界の受け入れるところとなったのです。
安倍総理――むしろ側近の人々――は、『万葉集』を語るにはあまりに不勉強だと思います。私の書いたものをすべて読めとは言いませんが、左記の文章はたった一二ページですから、ぜひお目通しいただきたいものです。
東京大学教養学部主催の「高校生のための金曜特別講座」で語った内容ですから、高校生なみの学力さえあればたぶん理解できるだろうと思います。



万葉歌人 庶民の歌集
2019-06-07 15:37:34 | 万葉語り

万葉歌人について、いまの常識は高校生でもわかるというサイトに説明に、おやや、なんだろうこれは、ウイキペディアの注について、>万葉集の詠み人は天皇、貴族から下級官人、防人、大道芸人などさまざまな身分の人々と考えられてきているが、品田悦一(東京大学教授)によれば、今日ではほぼ全ての研究者から否定されているという[6][要検証 – ノート] というところ、それはまた、>品田悦一「万葉集はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。」(東京大学教養学部編『知のフィールドガイド分断された時代を生きる』二〇一七年八月、白水社)  それを検索すると、>本書は、東京大学教養学部がこの問題意識に向き合うべく、高校生、社会人向けに開講する公開講座「金曜特別講座」を書籍化したもの。人文知や基礎研究に重きを置く教養学部。ときに過去の惨劇から反省し、ときにフィールドワークから他者に学ぶ。  という、宣伝がある。その講義に、ひとつに、さきのものがあって、講師となったのは、>2004東京大学准教授、2011年10月教授。初の単著『万葉集の発明』では、『万葉集』が近代国民国家の文化装置として「国民歌集」の地位を与えられるようになり、「創られた伝統」として成立していくことになった過程を研究。ウイキペディアより  という紹介である。