20050704 バブル崩壊後に
格差の世の中サバイバル本が本屋の店頭に並んでから、いまや、格差と不平等の著作が出版されていると、か。
経済が変化して、成果主義と、マスコミで踊り続けた自己責任という掛け声が身のまわりで繰りかえされている。
日本社会は差別なき、平等の理想のもとに誰もが必死だったはずだ、と、たしかに思う。
格差なきところに真の平等なし、と切って捨てる、明快な議論は、コラム時のおもり、構造変化を見て平等を知る、と題しての一文だ。
イギリスで過ごした小学校時代の思い出が、筆者の浜さんの経験に語られる。
日本人学校ではない、現地の学校で学期末試験になれば全校生徒の全科目試験の成績が貼りだされたと言う。
なかなか維持の悪い仕組みであったと回想する一方で、不平等感も出来の悪いものを排除することもなかった、として、格差社会の経験を語る。
さらに、お互いに苦手な部分を支えあう互助精神が芽生えた、として、イギリスの教育制度を幼少期に受けた、その格差社会の思いが残っているのだろう。
格差社会は弱者にお手厳しく、平等社会は強者の力量を抹殺する、と、いまはどんな時代なのかを考えさせる。
バブルと護送船団とすみわけと、失われた10年、これはなんの謂いか。
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