日本語論57 類書
辞書の研究とすれば、日本語辞書はカタカナ語辞書、国語辞書、漢和辞書のまえに、節用集の字書を知るべきであり、さかのぼって、伊呂波字引き、意義分類体、そして和名百科の辞書を、その嚆矢とすべきであるが、それよりも実用作文辞書がなんであったかを研究しなかればならない。しかし先人の研究によって、逸文になる玉篇、渡来を記す、芸文類聚、初学記などの百科辞書に相当する。これは日本語史に影響するも国語で取り上げることがない中国の名義を扱う言葉の辞書群である。字書は文字の確かめにあるから、ことばを文字で知る、その流れは作文のための辞書ともなる。その文字を集める、ことばを収載するのは、音義書、韻書であるから、日本語辞書にそのおよぶところ、漢語には漢詩漢文だけでない、類書のあることを辞書研究の視野に入れる。
http://www.ic.daito.ac.jp/~oukodou/tyosaku/geimon.html
『藝文類聚』讀書箚記
~巻一から巻五までを中心にして~
文部省科研成果報告書NO、06301002『類書の総合的研究(代表、加地伸行)』
(平成8年3月)からの抄訳転載である
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『藝文類聚』とは、唐初に僅か三年弱の年月を費やしただけで成立した、全百巻に及ぶ現存最古の完本類書である。抑々その内容・形式及び目的たるや、『藝文類聚』の序文に、
「夫れ九流百氏は、説を爲すこと同じからず。延閣・石渠は、架藏繁積す。周流して源を極むるも、頗る尋究し難く、條を披き貫を索むるも、日用弘く多し。卒に其の菁華を摘み、其の指要を採らんと欲す。・・・其の事且つ文を撰し、其の浮雑を棄て、 其の冗長を刪り、金箱玉印、比類して相從はしめ、號して藝文 類聚と曰ふ。凡て一百巻、其の事の文より出づる者有れば、便ち之を破りて事と爲さず。故に事は其の前に居き、文は後に列す。夫の覽る者をして功を爲し易く、作る者をして其の用に資せしめ、以て今古を折衷して、墳典を憲章すべし、と爾か云ふ。」 (夫九流百氏、爲説不同、延閣石渠、架藏繁積、周流極源、頗 難尋究、披條索貫、日用弘多、卒欲摘其菁華、採其指要、・・ ・撰其事且文、棄其浮雑、刪其冗長、金箱玉印、比類相從、號 曰藝文類聚、凡一百巻、其有事出於文者、便不破之爲事、故事居其前、文列于後、俾夫覽者易爲功、作者資其用、可以折衷今古、憲章墳典、云爾)
と記すが如く、経・史・子・集の書籍は言うまでもなく仏典や道典に及ぶまで、あらゆる文献から各類目に関連した名言・名句を網羅的に採取し、それを抄撮して配列した一種の百科事典である、と言うのがその内容・形式であり、またその目的として、当時の中央官庁に於てその職務遂行上主に天子の詔勅や批答の草稿及び上奏文等々の公文書を書かねばならなかった中書省や翰林院の官僚群にとって、参考利用に資すべき「古典的知識と典故が集積された簡便な書」と言う実用乃至は有効性が強く意識されている。
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