人生100年時代と安心

ymksk

100年が独り歩きして、100歳までの寿命を70代が実感を始めている。このままで10年を生きるか、20年を過ごせるかとなれば、次に90年代の果てとなる。世の中の便利さ、技術革新による情報流通を始め自動運転技術などの興味には、残りの人生を数えて、生きる意欲とするに足りるものである。そこに安心を唱えた年金生活のこと、皆保険、皆年金の福祉は音形を受ける人たちの広がりをもって、100年時代を予想させるものであった。年金の不足を数字で示したデータの取り方は65歳から30年を生きての話であるから、確かとも不確かともいえない経済の動きによって決まってくる。低成長か、高成長か、15年前の計算は今も同じようでいて、そうでもないのは、年金を手にして初めてわかることだからである。働いた収入が経済の変動とともに給与額が上がったり下がったりするのを受け取っていたならば、現実にはそうなっていたのだが、そこを固定給として一定額を当たり前と思うようになっていた。企業や職種によっては、まるでどうにもならないとばかりに退職金はもらえない、賞与は減額のままという社会があるのであって、ニュースで伝える大事業の賃上げばかりではない。




日経新聞コラム記事
大機小機
年金「100年安心」の誤解
897文字
>そもそも現在の年金制度は15年前に行われた制度改革を前提としている。そこでは少子高齢化が進む中でも年金制度を維持できるように、年金給付額を徐々に削減していくマクロ経済スライドの仕組みが導入された。この結果、年金制度の持続可能性が高まったことを「100年安心」と呼んだのである。
しかし、給付額を削減することで制度の持続性を高めたのだから、個々の高齢者の誰もが「100歳まで安心」とはならない。今は年金だけでも何とか最低限の生活を確保できる人が多いが、経済の低成長が続けば将来世代の老後はさらに苦しくなっていく。今回の金融審議会の報告は、こうした常識を再確認したものにすぎない。