源氏語り 21

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 因果  



藤壺の宮のところで管弦の遊びなどをなさっている。


そこへ帝が若宮を抱き上げて出てきたのである。


この物語りのクライマックスであった。


筋立てを追い、物語を読み、そう思う、それは知らない、知らされない場面でもある。


  れいの、中将の君、こなたにて御あそびなどし給に、いだきいでたてまつらせ給ひて


しかし、これは作者が用意した世代物語の伏線となっていたのだった。



だれも同じシーンがふたたび、あるとは、思ってもみないことであろう。


紅葉の賀から柏木まで、時を経て語られた、輪廻と言うべきか


このことは物語を追えば、ふつうに見て取れる。


読み取れることである。



そうか、源氏物語をわかるとはこういうことだったのかと、ひとり合点をしたのであった。

光源氏の物語ではない、輝く日の宮の物語である、男の青春や栄耀栄華を描くものではない、女の宿世を描くものである。


源氏物語思想があるとすれば、やはり作者は書き手、語り手の仏教的因果律による世界観にある。