人の御すくせすくせ 0401

8年前に書いている、源氏の描写を逐っていくと、場面が繰り返されて因果を見せる。筆致と題したのはこの場面の表現にそれが表れて巧みな一致である。書画や文章の書きぶり、というわけで、似ているとか、特徴的な筆のおもむきを感じとることにある。
しかしそれが物語にある、言い換えればストーリーに仕立てられた、偶然の一意なのである。どんなことを思いやるか。宿世にまた、宿世である。この繰り返す生こそが源氏物語のテーマにあるすべてになる。
源氏の物語 17 筆致
2015-12-11
物語を読むと、それなりに浮かび上がる源氏の苦悩である。物語をテクストにしてその筋立てが語られる。
かつてその場面を描く絵巻に源氏のすべてがあると思った。
その本文を見出して、抱き出でたてまつらせたまひ という、抱き取りたまへば という、
いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白ううつくし である。
物語を読むと、それなりに浮かび上がる源氏の苦悩である。物語をテクストにしてその筋立てが語られる。
かつてその場面を描く絵巻に源氏のすべてがあると思った。
その本文を見出して、抱き出でたてまつらせたまひ という、抱き取りたまへば という、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白ううつくし である。
原文
例の、中将の君、こなたにて御遊びなどしたまふに、抱き出でたてまつらせたまひて、
「御子たち、あまたあれど、そこをのみなむ、かかるほどより明け暮れ見し。されば、思ひわたさるるにやあらむ。いとよくこそおぼえたれ。いと小さきほどは、皆かくのみあるわざにやあらむ」
とて、いみじくうつくしと思ひきこえさせたまへり。
中将の君、面の色変はる心地して、恐ろしうも、かたじけなくも、うれしくも、あはれにも、かたがた移ろふ心地して、涙落ちぬべし。もの語りなどして、うち笑みたまへるが、いとゆゆしううつくしきに、わが身ながら、これに似たらむはいみじういたはしうおぼえたまふぞ、あながちなるや。宮は、わりなくかたはらいたきに、汗も流れてぞおはしける。中将は、なかなかなる心地の、乱るやうなれば、まかでたまひぬ。
御乳母たちは、やむごとなく、めやすき限りあまたさぶらふ。召し出でて、仕うまつるべき心おきてなどのたまふ。
「あはれ、残り少なき世に、生ひ出づべき人にこそ」
とて、抱き取りたまへば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白ううつくし。大将などの稚児生ひ、ほのかに思し出づるには似たまはず。女御の御宮たち、はた、父帝の御方ざまに、王気づきて気高うこそおはしませ、ことにすぐれてめでたうしもおはせず。
この君、いとあてなるに添へて、愛敬づき、まみの薫りて、笑がちなるなどを、いとあはれと見たまふ。思ひなしにや、なほ、いとようおぼえたりかし。ただ今ながら、眼居ののどかに恥づかしきさまも、やう離れて、薫りをかしき顔ざまなり。
現代語訳
いつものように、中将の君が、こちらで管弦のお遊びをなさっていると、お抱き申し上げあそばされて、
「御子たち、大勢いるが、そなただけを、このように小さい時から明け暮れ見てきた。それゆえ、思い出されるのだろうか。とてもよく似て見える。とても幼いうちは皆このように見えるのであろうか」
と言って、たいそうかわいらしいとお思い申し上げあそばされている。
中将の君は、顔色が変っていく心地がして、恐ろしくも、かたじけなくも、嬉しくも、哀れにも、あちこちと揺れ動く思いで、涙が落ちてしまいそうである。お声を上げたりして、にこにこしていらっしゃる様子が、とても恐いまでにかわいらしいので、自分ながら、この宮に似ているのは大変にもったいなくお思いになるとは、身贔屓に過ぎるというものであるよ。宮は、どうにもいたたまれない心地がして、冷汗をお流しになっているのであった。中将は、かえって複雑な思いが、乱れるようなので、退出なさった。
御乳母たちは、家柄が高く、見た目にも無難な人たちばかりが大勢伺候している。お呼び出しになって、お世話申すべき心得などをおっしゃる。
「ああかわいそうに、残り少ない晩年に、ご成人して行くのだな」
と言って、お抱きになると、とても人見知りせずに笑って、まるまると太っていて色白でかわいらしい。大将などが幼い時の様子、かすかにお思い出しなさるのには似ていらっしゃらない。明石女御の宮たちは、それはそれで、父帝のお血筋を引いて、皇族らしく高貴ではいらっしゃるが、特別優れて美しいというわけでもいらっしゃらない。
この若君、とても上品な上に加えて、かわいらしく、目もとがほんのりとして、笑顔がちでいるのなどを、とてもかわいらしいと御覧になる。気のせいか、やはり、とてもよく似ていた。もう今から、まなざしが穏やかで人に優れた感じも、普通の人とは違って、匂い立つような美しいお顔である。

このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。