大須演芸場

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登龍亭お披露目興行、4月に一門旗揚げも、コロナウイルスのため、オンラインで顔見世をして、10月に大須に演芸場にての会となった。アットホームなもので、名古屋の客はやさしい、気が大きいと、それを口上で言うほどに、ぐっだぐっだとやっていた。


笑いも再開、大須演芸場 コロナから復活でお披露目興行
10/1(木) 21:30配信
朝日新聞デジタル
> 東海地方唯一の常設寄席の大須演芸場(名古屋市中区)で1日、新型コロナウイルスの影響で3月から休演していた「定席」が再開した。イベントなどで利用する「貸席」は6月に再開しているが、落語や漫才を行う「定席」の再開で、「芸どころ名古屋」を支える大須に笑いが戻った。
 同演芸場を拠点とする落語の「雷門」一門が、「登龍亭(とうりゅうてい)」に亭号を改めたことに伴い、この日はお披露目の口上も行われた。本来は4月に予定していたが、新型コロナで延期に。登龍亭はかつて東京の噺家(はなしか)が名乗っていた亭号で、約120年ぶりの復活となる。
 100人超の客を前に、一門のリーダー格の登龍亭獅篭(しかご)さんが第1部でトリを務め、おめでたい噺の「八五郎出世」を披露。コロナ禍で仕事が減った48歳の自分を「下り坂48現象」と称して笑いを誘った。終演後の取材に「ここに自分の居場所があったと感じることができた」と話した。
 通常、定席は月に7日間開いているが、「試験的」に10月と11月は1日から4日までの計4日間に短縮。12月からは7日間に戻すことを検討している。マスク着用などの感染防止策をとっている。
 演芸場通いが趣味の神奈川県逗子市の貸しビル業、織茂明彦さん(67)は一番乗りを果たした。「西と東の文化に名古屋の文化がぶつかる大須演芸場は非常に面白い。来てよかった」と喜んだ。愛知県豊田市の女性(49)は「寄席を生で見られるようになってよかった。文字通り、龍のごとくのぼってほしい」と話した。
 新型コロナの影響で苦境に陥った演芸場は4月下旬からホームページで寄付を呼びかけ、これまでに1千万円ほどが寄せられた。今後も寄付への協力を求めることにしている。(岩尾真宏)


愛知)大須演芸場の「雷門」一門、4月から「登龍亭」に
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2020年3月29日 11時00分
「雷門」から「登龍亭」に改亭する(左から)福三さん、獅篭さん、幸福さん(獅篭さん提供)
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 大須演芸場(名古屋市中区)を拠点に活動する落語の「雷門」一門が、4月から「登龍亭(とうりゅうてい)」に亭号を改めて再出発する。登龍亭はかつて東京の噺家(はなしか)が名乗っており、約120年ぶりの復活という。一門のリーダー格の雷門獅篭(しかご)さんは「縁起の良い名古屋らしい亭号に一新し、勢いを付けたい」と話す。
 雷門も、もともと東京で江戸時代から続く亭号。名古屋の雷門一門は、「落語界のシーラカンス」の異名をとった初代雷門福助さん(1986年死去)が、23(大正12)年の関東大震災後、東京から名古屋に移ったのが始まりとされる。
 静岡県出身の獅篭さんは94年に落語立川流に入門。漫画週刊誌に連載を持つなど注目を集めたが、2002年に突如、師匠の故立川談志さんから破門を宣告された。翌年、同じく立川流を破門された岐阜県出身の幸福さんとともに名古屋へ移り住み、福助さんの弟子の小福さん(12年死去)にそろって弟子入りした。そこに愛知県出身の福三さんらが加わり、現在は4人で一門を構える。