20060311 謝恩

ymksk




あったかい日となり、陽射し強く日の出6時9分、日の入り17時56分、旧暦2月12日。
春はひらひら気分、とか、なんとか。
量的緩和政策解除から、春の気分になれるか、どうか、しかしこの字面を読んでいると紛らわしいことになる。
つまり緩和政策を解除すると言うと、解除を行う、つまり緩和政策を行うとも読める、緩和をしていたのを中止するとか何とかだとわけがわからなくなるからか、な。


13回目の出席、3年前の入学時の顔を思い出し、おめでとう!
粛々と開始された会場で送るもの送られるものが集う
カンゴ学校の新しい看護師の29名の誕生を祝う
国家試験合格後の職業に就くための船出は輝かしい

入学時に40名、卒業時に30名弱、厳しい修業であったろう
それを言うと高校でも160名定員入学に卒業は100名をきる、とか聞えてきそうな世の中だ
できるならではなく、その全員に同じ想いを与えたいと願う
謝恩の会はパート講師の一人としても想いは強く、難しくなった、このことばにまつわって、もろもろに
感謝されることを、感謝することを、どう教えるか

会は開会のことばと閉会のことばを代表委員がしっかりと述べた、それがわたしのスピーチのところでは司会がとちった
何しろ国語の間違いはすべてアンタの責任となるから職業専門教育は見るところがはっきりしている
3年前の最初にそれこそコミュニケーションのイロハを伝えただけなのだから舞台度胸にまでは指導が及ばない
全国に800ほどあるこの機関で27位の成績をつけているのだから専門教員の誇りは高い

進行は3年間の思い出スライドショー、なんとパソコンから写していて、かんがえれば電灯機を思うほうが時代遅れであった
卒業生全員による合唱を舞台で歌い、心を表した
次いでカラオケタイムになって、これは校長先生の十八番だから必ず入るプログラム定番
そしてビンゴゲーム、これがまたダブルビンゴをテンポよくやったので間延びなくせっかくリーチ、ビンゴになっても景品は抽選でお菓子袋から入浴剤、そして商品券5000円だった

食事はゲストだけが飲み、口にする、卒業生たちはすべて接待と談笑の相手である
この謝恩の方法に主役はわたしたちだとばかりに教員だけが食べるのはつらいので、13年前に意見したことを思い出す、しかし伝統はよきものをそのままに伝えた
食事はゲストが帰ればホテルからまた卒業生用に出されて、そこで2次会よろしく、となっているかどうかは知らないが、食べると聞いたのであれからは謝恩を受けることにした
そのスタイルは一方で昔ながらの教育なのである

1回目のころ、学校設立に図書の選定から国語教育をゆだねられて、日本語表現とし、作文を行い、ディベートとプレゼンをして、コミュニケーションと自己表出の基本を教え続けてきた
2時間のゆったりした流れにその想いに卒業生たちの成長を重ね合わせると感慨は深く、こちらからお礼を述べたい彼らの立派な振る舞いだ
スピーチはかならず、そして長い年月の務めもあって日本語の先生の話の内容に期待されるようになってしまって、これまた招待されたからには気が抜けない、健康で明るく職場で活躍されることを、と言って、病院だからそう派手にはできないなあとしゃべりつつ、修正をしていた
ヒヤリハットが8日のニューストップにあったので、釈迦に説法よろしく、それを話題にナースキャップをしっかりかぶってヒヤリ、ハッとは被らないで、と締めくくった