20051116 司馬史観の鬼胎

かなり冷え込んで空気が乾燥しそうな青空だ。
夜明けは6時30分、日没は16時47分となって、日が短くなる。
白雲とともに黄葉の色合いが増す、紅葉はさらに鮮やかになるか。
早々に街路樹を刈り込んだ通りがある、寂しいというよりも無残だった。
皇統譜があって王統と皇族がありそこから離れるのだそうだ。
その王統は天皇、と、その皇族であって、宮家の一員が紀宮から民間人となる。
民間人というと、国民は民間人で、王族とは違うわけである。
ささやかな、と乾杯の音頭をとった東京都知事は、感想を述べていた。
米大統領が2年ぶりに来日した。
伊丹にエアフォースワンで到着と聞いて、懐かしい空港名だ、と思った。
そこからヘリで飛んで、ものものしく。
京都の迎賓館が日米首脳会談場所、京都御苑は烏丸の丸田町が地下鉄駅だが、その出口を帰国まで警備のために閉鎖するそうだ。
3日前から、そして滞在2日にテロ厳戒は会談の行く末をも案じさせる。
しかし昭和になって意外な要素としての統帥権が突出し、と、司馬さんは書いている。
高貴な、虚、を論じて、それは、天のことである、天が公で、天下という、虚、があった、日本人は老荘的なところがあって、虚、あるいは空を上にいただきたがる、と説明する。
そこで、明治憲法の天皇の位置が、古代インド思想の空、荘子の虚の捉え方に似ている、その虚に対する実は、輔弼する首相以下の国務大臣に最終責任があって、虚と実の組み合わせが巧みだった。
とか、それを冒頭のように、明治憲法国家を破滅させるのである。
この統帥権、参謀本部の幕僚達と、司馬史観とも言われるこのキーワードは、20世紀半ばに、昭和に忽然と現れたとする日本歴史の状況のこの捉え方に使われて、日本を戦争に導いた原因であったと、独自の視点をもって、司馬さんは分析する。
英雄のいない日本歴史と語り、世界的典型の英雄を生み出さなかった、誇りとまで言っているにもかかわらず、そうなってしまったのだろうか。
独裁は日本人の気質に向かないとまで、断じて談じている。
果たして、そうであったか、歴史が教える状況は、それでは何であったのか、異常なまでの支持率という現代の独裁的な予想を誰がしたであろうか。
明治憲法国家は、わずか4、50年で病み、60年い満たずしてほろんだ、国家のはらのなかに統帥権、というより、その無限的な拡大解釈と社会化、、さらにはそれによる国家支配という、鬼胎を生じた、と述べた。
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