乱れて揺れて

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乱れ、また、揺れには芯がある、いわば中心を持つ構造と言える。
規範となる語法、本来の形と違った文法現象と、守るべきことに対してそうではない言葉づかいであった。
よく言われたのは「見る」の可能表現になる「見れる」と「見られる」であったが、教科文法に ―れる、られる を規範としたところから、方言にもなっている規則が見逃されてきた。揺れとなるのは、可能としての言い方の意味内容の幅である

乱れはウイキペディアには次のように言う。
>日本語の乱れ(にほんごのみだれ)とは、言語の変化などによって、規範的とされる日本語(標準語・雅語など)との間に齟齬が生じることを否定的に捉えた言葉である
揺れは文化庁の審議会で次のように述べる。
>ある語が変化する過程で,その語形等について,本来の形に対して桔(きっ)抗する形が別に生じ,両者が並存する状態になったとき,これを言葉の「ゆれ」と言う。
第20期国語審議会 > 新しい時代に応じた国語施策について(審議経過報告) > I 言葉遣いに関すること
上記には、
> 世間一般では今の国語の状況を「言葉の乱れ」ととらえることが多く,世論調査(平成4年総理府,同7年文化庁) においても「今の言葉は乱れている」と考えている人はおおむね7割を超えた。「言葉の乱れ」は,ある価値判断を伴ったとらえ方である。
とも述べて、言語の現象とその受け止め方について解説する。
およそ20年前の調査データで、言葉の乱れが回答に多くなったことを指摘している。

規範となる意識が本来の言い方を持たなくなったときに、崩れが起こる、崩れてきている。
身近に言えば、文節の概念がなくなると、語の概念が自立語、付属語で分析されるのかどうか、崩れてしまえばその概念に変わる単位はどう説明されていくだろう。
形態論の文法で日本語を説明することは可能である。が、それは例えば単位に、語と接辞という用語で統一された記述はない。
語と語とが連接して文となるシンタクスの文法用語の混乱のままにある
それはなぜか。