語彙の論18 語意、語義

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語の意味については、日本語では意味、意義、語意、語義などと、それぞれのとらえ方があるようである。語義には漢字の形音義を受けて、字義を表し、語意には漢字文字だけではなくて国字、和字にあらわしたことばを見ようとする。語意考を表して、賀茂真淵、1769年自序、五十音図を基にした、活用、延言、約言など、古語に関する語学上の見解をまとめたものがある。語意には広く語用をとらえようとしたところがある。そしてまた、意義の意味、意味の意義というように、同語反復をおこしそうな、その説明にある区別は、たとえば、大辞林に、〔類義の語に「意味」があるが,「意味」は言語や行為によって示される内容,また物事が持つ価値をいう。それに対し,「意義」はある言葉が表す内容,また,物事が他の物との関係において持つ固有の重要な価値をいう〕と見える、意味は言語行為、意義は物と物との関係として見ようとしている。価値をとらえて、そこにつくられる価値と固有の価値との違いを見ようとする。語の意味、語の意義と、その表れと本質の関係を見ることができる。




次は、リマインダーである


日本語語彙論 語の意味記述 2013-11-06
23:47:43 語と語彙
日本語語彙論 意味の記述2 2013-11-07
13:53:59 語と語彙
日本語語彙論 意味の記述3 2013-11-08
20:30:19 語と語彙


語は文法の単位と捉えられた。文法は明治期に取り入れられた枠組みである。文法が翻訳語と説明される。

その外来の文法のとらえ方は文とはなんであるかという議論を日本語に持ち込んだ。しかし、日本語は文よりも語とは何かということを議論し続けてきた。語の意味はそうして捉えようとしたのであるが、語は語法という枠組みで議論される。文法の語よりも、語法としての語の記述は日本語に句法をもたらし得なかっただけに詞と辞とその分類にとどまる。

文法、語法、句法となるとそこでの語の扱いは枠組みによっておのずと異なるところである。文法が捉えられて国語に自覚的になって、ほかの法が詳しく議論を展開したわけではないので、いまだにその区別があきらかにされないままに日本語の実態はある。文法の語の意味記述はいくつかみられるところ、語法となると語の構成をとらえながらそれを語の規則として整理することはなかったようだ。

語はそのままで、いま言うところの、文になりうる。語の意味記述には詞を見るだけであった。いまでいう品詞である。その詞をとらえれば句が現れて、句そのものが、また言うところの文であるから、その句に語を見ることが大切となる。いま言うところ、文は句であるに過ぎないのである。

したがって語の意味記述は句におけるとらえ方をおくことになる。句の中で語と語とが関係しあって、語の意味は句に表れる意味情報をそれぞれにになうことになるから、本来的に、日本語は句と語の意味関係が議論されて良いはずである。句を文の位置において、それは外国語との対比において作られる文の単位であるから、それを唱えようとした文法学者はふたつの流れがある。

述体の句、喚体の句を区別した山田学説とその継承者、といっても、ほとんどは議論をそのままにしている。語論と句論は性質論と運用論にわけ、語はまた観念語と関係語に分けるところがあり、その分類思考は独自のものであるが、文法学説の発展に寄与する大であろう。
もう一つの流れは松下学説で連詞と原辞を述べる。句は断句の論として連詞が作用するところであり、松下学説においては詞の議論が中核となってその流れを作っていたが、文という概念を取り入れた文法学の勢いに松下学説再発見の動きにもかかわらず、目立たなくなった。次いでそれでは、文法の文とすべきは日本語では何か、それは文章である。



日本語の意味は漢語を日本語にとり入れてそこに読みをつけることであった。すなわち訓読をすることである。漢語には和訓を施し漢字には訓読みをつけた。そうすることで漢語の意味内容と漢字の意味を和語とすることになった。漢字には形音義の要素があった。和語には音義があった。漢語との対比に日本語になる訓は分類されることになる。漢字音は日本語の発音と意識されたと考えてよい。言語四種論げんぎょしゆろん は、ことばを分類した。体、形状、作用そしてテニヲハである。ここでこの分類に注目するのは、時枝誠記の国語学史であった。とくに、さすところ の有無について、テニヲハをさす所なしとして扱った言語四種論は、時枝学説の言語過程説に影響している。詞ニツケル心ノ声とは、どのような発想であったろう。


日本大百科全書(ニッポニカ)
言語四種論
げんぎょししゅろん

品詞分類の書。鈴木朖(あきら)(1764―1837)著。
1824年(文政7)刊。
雅語の品詞分類を説いたもの。
「体ノ詞(「ことば」と読む。名詞)」、「形状(アリカタ)ノ詞(用言のうち終止形がイ段で終わるもの)・作用(シワザ)ノ詞(用言のうち終止形がウ段で終わるもの)」、「テニヲハ(感動詞・副詞・助詞・助動詞・活用語尾)」の3類4種に分ける。
アリを「形状ノ詞」に入れる点や、テニヲハに感動詞などを入れる点が注目される
。詞とテニヲハの違いについては「三種ノ詞ハサス所アリ、テニヲハゝサス所ナシ、(中略)三種ハ物事ヲサシアラハシテ詞トナリ、テニヲハゝ其詞ニツケル心ノ声也」などと述べている。
これらの説は時枝誠記(もとき)(1900―67)の言語過程説にも影響を及ぼすが、時枝は活用語尾をテニヲハとしない点が鈴木朖と異なる。
[古田 啓]


日本語語彙論 意味の記述3
2013-11-08 20:30:19 | 語と語彙
日本語の辞書は古代にはどのように意味記述をしたか。それは辞書の歴史をたどることによってわかる。日本語辞書に意味記述があるようでもあるが、多くは中国の辞書に倣ったものであった。前にも引いたことがたどってみることにする。Web日本語 -国語辞典編集室- 辞典の歴史より。www.web-nihongo.com/dictionary/dic_his/dic_his_index.html‎

892年ころ、平安時代初期、 昌住 という僧が編集したとつたえられる、新撰字鏡 、中国の字書にならって作られた。
935年に 源順 が作った、和名類聚抄 和名抄 とも。
この二つが古いもので、これも漢和辞典となる。
倭名抄は百科事典としての 性質もそなえていた。

国語辞典の最初のもの 1180年ころ、平安時代のすえ にできたといわれる、色葉字類抄 著者は橘忠兼
当時の日常語を集め、それぞれのことばの漢字を使っての書き表し方と使い方とを示していて、いろは順になっている。

五十音順は、1484年 室町時代の中ごろ 大伴広公 おおとものひろきみ 温故知新書 おんこちしんしょ

室町時代の中ごろ 1460年ころ 節用集 せつようしゅう
いろは引きの国語辞典で、同時に百科事典のような性質を持つ。
いく種類かの節用集ができた。
内容が簡単で引きやすいために、明治の初年まで、もっとも広く行きわたり、一般の人に親しまれた辞典。

学問的、専門的な国語辞典  和訓栞 わくんのしおり  雅言集覧 がげんしゅうらん  俚言集覧 りげんしゅうらん など。 いずれも江戸時代後期。

 「和訓栞」は国学者谷川士清(たにかわことすが)(1709~1776)の著書で、 92巻という大部のものです。古語・雅言・口語を広く集め、出典と注釈をほどこした五十音引きの 辞典です。刊行されたのは、前編が1777年~1830年、中編が1862年、後編は1877年 (明治10年)、著者の死後じつに100年目めでした。
 「雅言集覧」50巻は国学者・小説家・狂歌師として活躍した石川雅望(いしかわまさもち) (1753~1830)の著作で、雅言(文語・古語)を集め、用例とその出典や意味をしめした いろは引きの辞典です。古語の数の豊富なこと、用例・出所のしめし方の正確なこと、おどろくばかりです。 この本も1826年、1849年に、あわせて3分の2が出版されたままとだえ、残りは1887年(明治20年)に刊行されました。
 「俚言集覧」26巻は、太田全斎(おおたぜんさい)(1759~1829)の著作といわれ、 できた年は不明です。後の人が手を加えて、「増補俚言集覧」として刊行されたのは1900年 (明治33年)です。「俚言」とは俗語のことで、この辞典は俗語・口語・ことわざを集め、 五十音順に配列してあります。江戸時代の口語を研究するためには重要な書物となっています。


 明治に入ると、外国のりっぱな国語辞典も紹介され、これに刺激されて、わが国の国語辞典編集の 機運もさかんになりました。近代的な国語辞典のさきがけといわれるのは、1891年(明治24年) に刊行された大槻文彦(おおつきふみひこ)の「言海(げんかい)」です。
 以後、金沢庄三郎(かなざわしょうざぶろう)著「辞林(じりん)」1907年(明治40年)刊、 新村出(しんむらいずる)著「辞苑(じえん)」1935年(昭和10年)刊、金田一京助著「辞海(じかい)」 1952年(昭和27年)刊など、つぎつぎにたくさんの辞典が出ました。以上はおもに中型(1冊)の近代辞典です。


 大型辞典では、上田万年(うえだかずとし)・松井簡治(まついかんじ)共著 「大日本国語辞典」4巻、1915年(大正4年)~1919年刊や、大槻文彦著「大言海」5巻、 1932年(昭和7年)~1937年刊があります。
 また、1972年(昭和47年)から、1976年にかけて刊行された、日本大辞典刊行会編集 「日本国語大辞典」は、全20巻、見出し項目45万語という、日本で最大の内容を持つ 国語辞典です。2000年~2001年に改訂第二版が刊行され、見出し項目50万、 用例数100万という、かつてない規模の国語辞典になりました。



日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
語意考
ごいこう
国語学書。1巻。賀茂真淵(かもまぶち)著。1759年(宝暦9)ごろ初稿が成立、89年(寛政1)に刊行された。真淵の古語に関する考え方を述べたもので、国語は五十聯音(いつらのこえ)(五十音図)に基づく少ない音節によって語が構成され、他国語に比べてより優れているとする。また、五十音図の「あいうえお」の各段を、初めの音(こえ)、体音(うごかぬこえ)、用音(うごくこえ)、令音(おうするこえ)、助音(たすくるこえ)とよび、動詞の活用を五段で説明しようとした。その体系的説明は、まま無理な点もあるが、国語学史上注目される。語義の説明では、約言(つづめこと)、延言(のべこと)、転回通(うつしめぐらしかよう)、略言(はぶくこと)の四つをあげる。これらは真淵以前から使われていた用語であるが、これを実証的に駆使して、村田春海(はるみ)、平田篤胤(あつたね)など後世の国学者に大きな影響を与えた。[沖森卓也]