ことは

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ことはについて、ことばとなったのはいつか、どのようにもちいられたか、探求する。
ことばには言葉、詞、辞を表記に宛てる。漢字で表せば言、語にも相当する。その使い分けを説明するものを求めると、言は、

>古ことば・こと・ものがたり・いふ・いへる・ものいふ・まうす・まうさく・のぶ・のたまはく・かたらふ・とく・とふ・のり・これ・ここに・われ   

であり、語は、

>古ことば・こと・かたる・かたらふ・いふ・ものいふ・とふ・さへづる・ものがたり・をさめ  

と見えて、ふることば以下、もうす、もうさくと、ものいう、ものがたりについて、異なりがあるようである。それぞれ、言い表すこと、かたること、となる。

ことはの語源には、その説を並べるもによると、まず、口から洩れ出る音の説がある。
(1)コトハ(言端)の義〔名言通・大言海〕
ことのは、また、くちのはし、である。次に、歌学びの説に上げられる葉に例えるものである。
(2)コトノハ(言葉)の義。ハ(葉)は言詞の繁く栄えることをいう〔和訓栞〕
文芸のなかで植物に例えた言い方が影響しるている。また、ことの古義には、言、事を兼ねる解釈があるので、それによるか。
(3)コト(事)から生じた語。葉は木によって特長があるように、話すことによって人が判別できるということから〔和句解〕
そして意義を解釈したものに、心、語がある。
(4)コトハ(心外吐)の義〔言元梯〕。
(5)コトは「語」の入声Kot で、語る意。バは「話」の別音Pa の転〔日本語原考=与謝野寛〕。
以上、日本国語大辞典の語源に上げられた説である。

ことはについて語源解釈によれば、ことばとはならない。つまり、ことはとして清音発音、あるいは、ことばとして濁音発音のいずれであるかは定めがたい。

同辞典の意味記述に、まずはじめにある、話したり書いたりする表現行為とするのは、次の用例である。

*万葉〔8C後〕四・七七四「百千(ももち)たび恋ふといふとも諸弟(もろと)らが練(ねり)の言羽(ことば)は我は頼まじ〈大伴家持〉」
*古今〔905~914〕仮名序「かくてぞ、花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露をかなしぶ心、ことば多く、さまざまになりにける」

万葉集の歌、大伴家持に、言羽とみえる。題詞には大伴宿祢家持従久邇京贈坂上大嬢歌五首とあり、次のようである。

百千遍  戀跡云友  諸<弟>等之  練乃言羽<者>  吾波不信
百千たび 恋ふと言ふとも 諸弟らが 練りのことばは 我れは頼まじ 
ももちたび こふといふとも もろとらが ねりのことばは われはたのまじ

万葉仮名の、羽字は清音であるので、ことは、である。