語彙と研究3

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語彙と研究3
 国語学と日本語学と、その研究対象が異なるわけではない。同じくわたしたちの言葉を扱う。それを、国語は文献実証による、日本語学は実験証明による、方法論の帰納と演繹と、その手法をはじめ、歴史言語と現代言語を範囲にする、そこには通時論と共時論が絡み合うことになる。日本語の研究分野である音声音韻、文法文体、語彙意味に、その研究には音声科学、文法論、言語意味論と分野対象に見れば、国語にある語彙は言語においての意味となる。研究においての枠組みは必ずしもこのように境界があるものではない。しかし、国語の方言、文字、言語の記述、規範と、その対象にアプローチするための捉え方がある。

 


語彙研究
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/tsushin/reserch/.../tushin30_p10-11.pdf
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〈語彙〉の本質
〈単語〉(words)とその集まりである〈語彙〉(vocabulary)について研究するのが語彙論です。語彙は、音韻・文法(形態・構文)・文字などと並んで、言語の構造を形づくっています。言語構造の諸分野の中で、語彙がそなえている最も著しい性質は、語彙の成分である単語が、どの言語でも数えられないほど多いという事実です。こ



日本語教育の語彙4
言葉で世界を切り取ると、タイトルにある。言葉が違えば、物理的には同じであっても、見方、切り方が違ってくると説明する。水の例を挙げると、日本語では、水と、湯と、使い分ける。意味成分......




語彙の研究
2016-10-19 | 語彙論



日本語学(3)
2013-06-18 | 日本語百科

日本語学の研究領域はどうなるか。
個別言語の、日本語である。
また応用言語の、日本語である。

言語学の日本語学と、応用言語学の日本語学である。

それぞれの言語に違いがあるわけではない。
おなじ、わたしたちの日本語である。
そのアプローチにそれぞれが持とうとする分析と総合がある。研究法と理論が作られる。

これまでの日本語を通して知る歴史言語はどのように探究するか。
あるいは日本語を通して普遍言語の理論を作るとどうなるか。
さらには日本語を実験する、語学として教える学習日本語の規範とさまざまに対象をすえてとらえられる。

日本語を言語現象に見て音声科学がある。
それで日本語の音声を分析すると、音韻の考え方がある。

あわせて音声音韻とする領域である。
音声をもとに音を組み合わせて考える音韻論から意味のある内容を伝えるように語をとらえると語の構成を見る形態論と語と語の関係を見る文法論がある。

語によって作り出す日本語の文は語の意味に加えて文の意味内容を伝える。

語と意味、文と意味のそれぞれは意味についての議論を起こして意味論となる。

日本語学の研究領域は音声学と音韻論、文法論、意味論と分けることができる。

日本語学はコンピュータ言語に応用される。
日本語を教える日本語教育があり、個別にある日本語を外国語として教える。
わたしたちの日本語をコミュニケーションのための日本語として共通語としていくことが望まれる。

わたしたちの日本語は時間の深さと空間の広がりを持ち、それぞれに時間的経緯による変遷は現在の言語現象をあきらかにし、空間的方処の言語である現代語は言語の習得を通し地域を超えて現代の言語を記述し、さらにまた機械による言語利用とその研究の将来を視野に入れることができる。
わたしたちの用いる日本語の現在と未来、それをささえる過去と、わたしたちが使う日本語とそれを新たに学ぶ人々の日本語としての現象は限りなく日本語学の探求においてともにある。

日本語学(4)
2013-06-19 | 日本語百科

日本語学は日本語研究になる。
日本語研究は歴史研究よりも現代語研究になる。
言語は時代とともに移り変わるが、一方で時代において広がりを持つものであるとするなら、そこに日本語教育があたる。

現代語はまさに日本語教育の習得言語である。
そこにまた日本語を学習するための規則が求められる。
日本語教育のための日本語学であるか、日本語研究のための日本語学であるか、これは同じことを指すものである。

日本語教育によって日本語研究は新たに進められた経緯がある。
国語学が帰納による文献実証を進めてきたので、日本語の歴史的変遷は明らかにされていることが多い。
規範学としての国語に対して、実験科学の言語という日本語のとらえ方もできるだろう

日本語学を習得対象の言語として目標言語にするような見方はこれまでにない日本語の側面を照らし出し、その本質はなんであるかを実験実証的に見せる。

比較言語学に比較すべき言語を見出せない日本語は対照言語学に位置付けられる。
日本語と英語は長く対照言語とされていたと言ってよい。

その以前にはやはり日本語と中国語が対照されていたかのようであるが、日英対照言語学の比較対照とは異なる。
それは国語と漢語の言語関係であって国語が漢語の影響下にあってその語を取りれていた。
その考え方で言えば今もなお日本語は外国語を取り入れているので、日本語は英語の影響下で分析される。


日本語教育の語彙4
2018-08-12 | 日本語教育

言葉で世界を切り取ると、タイトルにある。言葉が違えば、物理的には同じであっても、見方、切り方が違ってくると説明する。水の例を挙げると、日本語では、水と、湯と、使い分ける。意味成分によって、言語の彼我を知るというわけである。また、食肉の例がある。フランス語の椅子の分析を、構造意味論、アルグリス・グレマンによって紹介する。意味成分の一覧表を作ってみるとわかりよいということである。

日本語教育の語彙3
2018-08-11 | 日本語教育

語彙を語の一つ一つで議論すると、日本語教育の語彙は、語と意味の関係を考える、と述べている。意味の難しさ、第1章に、単語の意味を中心として、意味とは何かについて考える、これが語彙論であると規定する。語を単体で考ええるのではなくて、語のグループでとらえると言語研究の議論を述べて、語の一つ一つを考えるとして、色彩語彙、温度語彙、身体語彙、親族語彙にグループをとらえているのを紹介している。部分体系ごとの語彙の一端を、できるところで、国際レベルで理解しやすいように模索していく、という解説は、何かわからないが、まあやってみようということなのだと、語の意味を語の意味で説明しないやり方、成分の分析を、意味成分として行う。意味成分をこれは語彙論、意味論としている。意味論では、語の意味を意味の成分あるいは意味の原子要素 semantic components or primitives へと分解する成分分析 omponential_analysis の手法がとられるので、その方法を言う。

日本語教育の語彙2
2018-08-09 | 日本語教育


日本語教育の語彙
2018-08-08 | 日本語教育

日本語教育の語彙 と題する。勉誠社刊、城生佰太郎著、2012年4月発行である。言葉と意味の用法を国際レベルで伝えるというのが、腹巻に、帯の文言である。日本語教育を実学的視点にとらえるようである。日本語を何も知らない人たちに教える方法と、はしがきに見えて、日本語をよく知っている人、知らない人と、その二分類に、国語教育と、日本語教育を対置する。その言やよし、と言ってみて、果たして本当にそうであるかと思って、これを教科書に、日本語教育の語彙を考えてみよう。そこでこの目的を国際レベルの捉え方でするという例証に、日本語辞典に、見出し語の音声記号を付けた自著を挙げている。はて1996年、その共著とは何か。


日本語教育の音声
城生 佰太郎 (著)
税込:1,944円(18pt)

日本語教育の語彙
城生 佰太郎 (著)
評価4.0 (レビュー:2件)
税込:1,944円(18pt)
出版社:勉誠出版
取扱開始日:2012/04/13