芝居
芝居とは、勧進の猿楽、曲舞くせまい、田楽などで、舞台と桟敷との間の芝生に設けた庶民の見物席と、辞書で説明する。同辞書、日本国語大辞典には、日葡辞書に、*日葡辞書〔1603~04〕「Xibai (シバイ)〈訳〉そこで劇が行なわれる場所・野」と見える。さらに、*信長公記〔1598〕一五「丹波猿楽、梅若大夫に能をさせ、〈略〉御桟敷の内、近衛殿・信長公・家康公〈略〉御芝居は、御小姓衆・御馬廻・御年寄衆」と見えて、能を演ずるところで、桟敷と芝居を分けていることがわかる。よくいわれるように、芝居見物となる。その芝は、どのようであったかと想像するにしくはない。ほかにし‐ば 仕場・為場という語もあり、ある事柄の行なわれる場所、現場の意、主に戦場など屋外の場所をさしていう、仕場居とある。
するとここで気になるのは、芝居という語の、芝である。芝草、芝字は何を意味したか、芝生とは何か、である。この語の例は歌に見える。日本国語大辞典によると、次のようである。
日本国語大辞典
しば‐ふ 【芝生】
〔名〕
芝が一面に生えている所。また、芝を植栽している所。芝地。
*千載〔1187〕春下・一〇八「こよひ寝てつみて帰らんすみれさく小野のしばふは露しげくとも〈源国信〉」
*玉葉〔1312〕春上・一一一「末遠き若葉のしばふうちなびきひばり鳴く野の春の夕ぐれ〈藤原定家〉」
*竹林抄〔1476頃〕三「名もしらぬ小草花さく河べ哉 芝生がくれの秋の沢水〈心敬〉」
*芝刈〔1921〕〈寺田寅彦〉「私は自分の住家の庭としては寧ろ何もない広い芝生を愛する」
芝はその字のもの、路傍や空地などに生えるイネ科植物などの葉の細い草、しばくさと、説明があり、古くからある植栽する草である。
イネ科の多年草のシバ、ギョウギシバ、コウライシバ、イトシバなどの総称。主に庭園などに植えられる。しばくさ。
*前田本枕〔10C終〕四七・草は「しは、いとをかし。まろこすげ、つばな、いとをかし」
*平家〔13C前〕四・橋合戦「平等院の門の前なる芝の上に、物具(もののぐ)ぬぎすて」
しかしまた、忍びに、芝見という語があって、そこに潜むようすがある。芝居という見物席は果たしてそれほどに、芝草のあるところに庶民が座り、その桟敷が芝居のその後方に設けたものかどうか、おそらく桟敷の周辺またその左右ぐらいに芝草があるところとなうと理解できる。sかし、能舞台の位置と座敷の対面する場所を想定すると、芝居がそこになくはない。
芝居小屋という語があり、芝居を興行する建物となっては、芝の表記が通用して、劇場であっても、芝居座、芝居場、芝居見世となるので、仕場に居る場と解するのは困難かもしれないが、考えてみてもよい、しば、仕場である。
日本大百科全書(ニッポニカ)
芝居 しばい
元来は社寺の境内などの神聖な芝生の意味であったが、南北朝ごろから一般に芝生をさしていうようになり、芝のある場所にたむろすることを「芝居する」というように動詞化しても使われた。室町時代になり、猿楽(さるがく)・田楽(でんがく)・曲舞(くせまい)などの勧進興行が露天に舞台を構えて行われ、柵(さく)で囲った芝生がその見物席にあてられたことから、芝居はとくに芸能の見物席の意味をもつようになった。見物席に桟敷(さじき)が設けられるときは、桟敷は高価で貴族向けであったため、芝居は一般大衆席にあてられた。近世初頭に歌舞伎(かぶき)が成立すると、これは元来庶民的な芸能であったことから、芝居ということばが拡大され、ついに見物席を含めた劇場全体をさすようになり、さらにはそこで演じられる歌舞伎そのものをもさすように転じた。同時に「操(あやつり)人形芝居」などの語も生まれる。したがって、「芝居」ということばは、劇場・演劇・演技など多義をそのなかに含みもつ、あいまいなことばである。そして、そのことが日本演劇のユニークな性格を象徴することにもなっている。
[服部幸雄]
するとここで気になるのは、芝居という語の、芝である。芝草、芝字は何を意味したか、芝生とは何か、である。この語の例は歌に見える。日本国語大辞典によると、次のようである。
日本国語大辞典
しば‐ふ 【芝生】
〔名〕
芝が一面に生えている所。また、芝を植栽している所。芝地。
*千載〔1187〕春下・一〇八「こよひ寝てつみて帰らんすみれさく小野のしばふは露しげくとも〈源国信〉」
*玉葉〔1312〕春上・一一一「末遠き若葉のしばふうちなびきひばり鳴く野の春の夕ぐれ〈藤原定家〉」
*竹林抄〔1476頃〕三「名もしらぬ小草花さく河べ哉 芝生がくれの秋の沢水〈心敬〉」
*芝刈〔1921〕〈寺田寅彦〉「私は自分の住家の庭としては寧ろ何もない広い芝生を愛する」
芝はその字のもの、路傍や空地などに生えるイネ科植物などの葉の細い草、しばくさと、説明があり、古くからある植栽する草である。
イネ科の多年草のシバ、ギョウギシバ、コウライシバ、イトシバなどの総称。主に庭園などに植えられる。しばくさ。
*前田本枕〔10C終〕四七・草は「しは、いとをかし。まろこすげ、つばな、いとをかし」
*平家〔13C前〕四・橋合戦「平等院の門の前なる芝の上に、物具(もののぐ)ぬぎすて」
しかしまた、忍びに、芝見という語があって、そこに潜むようすがある。芝居という見物席は果たしてそれほどに、芝草のあるところに庶民が座り、その桟敷が芝居のその後方に設けたものかどうか、おそらく桟敷の周辺またその左右ぐらいに芝草があるところとなうと理解できる。sかし、能舞台の位置と座敷の対面する場所を想定すると、芝居がそこになくはない。
芝居小屋という語があり、芝居を興行する建物となっては、芝の表記が通用して、劇場であっても、芝居座、芝居場、芝居見世となるので、仕場に居る場と解するのは困難かもしれないが、考えてみてもよい、しば、仕場である。
日本大百科全書(ニッポニカ)
芝居 しばい
元来は社寺の境内などの神聖な芝生の意味であったが、南北朝ごろから一般に芝生をさしていうようになり、芝のある場所にたむろすることを「芝居する」というように動詞化しても使われた。室町時代になり、猿楽(さるがく)・田楽(でんがく)・曲舞(くせまい)などの勧進興行が露天に舞台を構えて行われ、柵(さく)で囲った芝生がその見物席にあてられたことから、芝居はとくに芸能の見物席の意味をもつようになった。見物席に桟敷(さじき)が設けられるときは、桟敷は高価で貴族向けであったため、芝居は一般大衆席にあてられた。近世初頭に歌舞伎(かぶき)が成立すると、これは元来庶民的な芸能であったことから、芝居ということばが拡大され、ついに見物席を含めた劇場全体をさすようになり、さらにはそこで演じられる歌舞伎そのものをもさすように転じた。同時に「操(あやつり)人形芝居」などの語も生まれる。したがって、「芝居」ということばは、劇場・演劇・演技など多義をそのなかに含みもつ、あいまいなことばである。そして、そのことが日本演劇のユニークな性格を象徴することにもなっている。
[服部幸雄]
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