日本語論3
日本語論3
日本語学という分野は、とくに国語学の分野を継承すれば、その名称の手続きのようなことが学会、研究誌などに起こった。それも2000年代に及んでのことであった。1980年代の「日本語学」の雑誌名から、また「国語学」が「日本語の研究」となる経緯である。国語は文献学の実証を長く重んじてきているので、日本語学にもその流れはある。
日本語論をどのような議論とするかは国語実証と日本語検証の方法論を考えることになる。日本語検証には、言うところの共時研究が言語実証をして演繹法を持つことになる。国語実証の伝統は言語歴史が有史以来、1300年以上にもなんなんとするところから、通時研究の明らかにするところは言語研究に、同様に帰納も取り入れてしかるべきである。
雑誌のことではあるが、国語学、日本語の研究、日本語教育と日本語学を購読してそれぞれに読む、関心ある分野と研究を議論として読んできたところである。いずれも論議であるから学説定説によるもの、また試論のこととしてのことであった。古くは言語生活があり、言語研究に対して、言語の雑誌もあるなか、日本語論という誌名がある。
手元に13冊あるのだが、あるはずであるのだが、そのうちの1冊が見えないので、先の雑誌のうちにまぎれたか、奇しくもみえない冊子の号、国際化社会の日本語を議論する。その13冊をここに紹介するのは、日本語論とした冊子名の故であるが、その時代と日本語の議論を確かめることにある。
ネット検索でヒットするのは限られている。一つか二つ、それは例えば次のようである。
>月刊 日本語論 1994年4月号
著者:
解説:山本書房 1994年 特集「二の本語辞書の研究」 [保存状態:良好]
価格:\800
13冊揃いで、古書のうちに名を連ねるサイトがあった。雑誌、月刊日本語は、かくして、埋もれてしまった。それを掘り出すことから、日本語論を述べていこう。先のサイト検索の特集に、誤植があるので訂正をする。特集のタイトルは、日本語辞書の研究である。1994年は、平成6年である。24年前の、4半世紀がたつ。この雑誌から学んだことは、今もって鮮明である。創刊号は1993年11月、創刊2号は12月、創刊3号は1994年1月である。平成5年のころは工科系大学で国語学国文学担当の社会文化学大講座にいた。その一方で、日本語教育担当の専門教官であった
日本語学という分野は、とくに国語学の分野を継承すれば、その名称の手続きのようなことが学会、研究誌などに起こった。それも2000年代に及んでのことであった。1980年代の「日本語学」の雑誌名から、また「国語学」が「日本語の研究」となる経緯である。国語は文献学の実証を長く重んじてきているので、日本語学にもその流れはある。
日本語論をどのような議論とするかは国語実証と日本語検証の方法論を考えることになる。日本語検証には、言うところの共時研究が言語実証をして演繹法を持つことになる。国語実証の伝統は言語歴史が有史以来、1300年以上にもなんなんとするところから、通時研究の明らかにするところは言語研究に、同様に帰納も取り入れてしかるべきである。
雑誌のことではあるが、国語学、日本語の研究、日本語教育と日本語学を購読してそれぞれに読む、関心ある分野と研究を議論として読んできたところである。いずれも論議であるから学説定説によるもの、また試論のこととしてのことであった。古くは言語生活があり、言語研究に対して、言語の雑誌もあるなか、日本語論という誌名がある。
手元に13冊あるのだが、あるはずであるのだが、そのうちの1冊が見えないので、先の雑誌のうちにまぎれたか、奇しくもみえない冊子の号、国際化社会の日本語を議論する。その13冊をここに紹介するのは、日本語論とした冊子名の故であるが、その時代と日本語の議論を確かめることにある。
ネット検索でヒットするのは限られている。一つか二つ、それは例えば次のようである。
>月刊 日本語論 1994年4月号
著者:
解説:山本書房 1994年 特集「二の本語辞書の研究」 [保存状態:良好]
価格:\800
13冊揃いで、古書のうちに名を連ねるサイトがあった。雑誌、月刊日本語は、かくして、埋もれてしまった。それを掘り出すことから、日本語論を述べていこう。先のサイト検索の特集に、誤植があるので訂正をする。特集のタイトルは、日本語辞書の研究である。1994年は、平成6年である。24年前の、4半世紀がたつ。この雑誌から学んだことは、今もって鮮明である。創刊号は1993年11月、創刊2号は12月、創刊3号は1994年1月である。平成5年のころは工科系大学で国語学国文学担当の社会文化学大講座にいた。その一方で、日本語教育担当の専門教官であった
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。