国の歩み、人の歩み
あゆむ、歩みをたどると、近隣の情勢には、かつての歩みを見る、ような思いがする。かつての歩みとは、この地域のこのごろの緊張はかつて日本が作り出して歩みを大きく変えたころのことである。それはなにかと、朝鮮半島、大陸のうち、欧州の文明と対比できる文化圏に起こることで、起こりかねないことが国の版図拡大である。日本国家が近代に文明国に倣えと脱亜入欧の思想をもって、これは歴史的用語となるかどうか、その動きにあらわれた、結果としての軍事、侵略、資源を求めての拡大しようとした帝国のことは、軍国主義と先軍政治、軍事力の世界への誇示と、覇権を求めようとするかの現在の情勢に、かさなり合って、そこに、日本が歩みを持ったことが、アジア近隣に繰り返されようとしている。1910年代から2010年代へと100年の歩みをとらえると、この地域に起こってきたのはアジアの日本による勢力均衡の変化であった。アジアだけに目をとどめることは、ヨーロッパとのかかわりを見ないということではない。近隣諸国のこの緊張にあるのは、いずれも欧米に向けられた、とくに米国に向けたものとして、その様相がある。一触即発のその端をなすものは、さかのぼれば南北の勢力均衡であり、自由と統制の思想の闘いである。
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