コミュニケーションいずこ

ymksk

R5年1月19 日 木曜日 15℃ 晴れ  
            
コミュニケーションはどこへ行ったろう。どこへも出かけるものではない。
話し合えばいいじゃないかとも言われていたが、それも話し合えるようなものじゃなくなってきている。
もとよりコミュニケーションのなかった、国交のない地域といまはどうなってしまったのか。仮想敵国との驚強い言い回しがあったが、それも現実にミサイルを打ち上げては繰り返す国として話し合うような姿勢にはないし、そのひとつがふたつとなりみっつとなる核保有の脅しをかけるようなことになると、いずれにも領土と海域をもって接する、ユーラシアの出口をふさぐわが国の地勢にはまともに向かい合うものか、バイデンさんに約してきたことが岸田さんにあったとすれば日本周辺の米軍基地が撃ち込まれればわが国も撃ち込みますよと敵地攻撃を狙うようなことだろう。
それは自衛隊基地の築60年とか86年などと言う建造の倉庫に弾薬を貯蔵してのことなのか。武器戦車の廃棄をするという法律があるようだが日本の蓄積された防衛の能力は果たして現実のものなのか。守る武器も定かでないとすれば攻める武器などあろうはずがない。
それでよかった時代は岸田政権によって終止符が打たれたようだが、どこまでわかる・・・分断とコミュニケーションは相容れない概念である。