語誌

ymksk

ついに両の手が上がらない。かといって、生活活動に不自由があるわけでない。痛い痛いと言いながら、筋肉の痛みのおさまるのを、関節だと思いながら、50肩を思い出す。辞書を書く仕事のときだったから、編集からの催促に電話が鳴って、受話器を取り上げたら激痛とともに取り落としてしまったことがある。それから腕が伸ばせない、持ち上げられない、重いものがつかめないという始末、仕儀にだいぶん、苦しんだことがあった。辞書原稿の成果がすすまないこともあってか、ふたつを抱えてしまったから、仕事に乗ってきたときのつらい思い出である。50肩は、ある日突然に治るということを迎えて、それまで、体をよじっては手を動かし、分厚い本を広げては持たないように動かしたり、それを持ちあげたりしたら、とんでもないことになった。どれくらいの期間だったか、原稿づくりは半年位の執筆猶予で、編集の方が3年ほどかかっていたようだから、痛みが治ると同時に忘れてしまったことである。語誌を書く、研究史を書く、そういった項目での新版を重ねる、あるいは記念出版とするという、かんがえてみれば大仰な仕事を受けていたものである。語誌などは、語言と用法の変遷を書くわけだから、その意味の変化を探り当てるのは大変なことである。話すと語るという、日本語の類義語はその意味の交替時期を特定するのが難しいから、話すという用法の出現を、禅講義に寺の集いがある、そこでの話となるし、あるいはお伽衆のこととなる。はなし、話し、噺、咄という漢字にも、その語の持つ意味合いが変遷としてうかがえる。文法項目では動詞を扱って活用形の用例をそろえる、現代語と古語の両方をそろえるという作業であった。補助動詞の、はべる にあたったりしたから、これまた実質語ではない解説には苦労をした。など、など、痛みとともに覚えていることを書きだすと、キリがないなぁ。正月の語原に、おもわぬことが政月にあり、諱を避けることを知ることになるが、元月という呼称とのかけ離れた用字には、日本語移入の暦が関係したとばかりではなさそうであった。