0208 2026 20年前には
20年前の出来事を
>2008年5月をさかのぼれば
2006年のころのこと、このときの入学生が
映画研究の会と称する上映会の犠牲者たちだ
入学してすぐにもその華やかさに駆り出されていたからだ
その前のゼミ生ゼロの出来事が影響をしたかもしれない
2003年入学生だったから、2004年のことだ、わたしほうの4名を
コースのゼミとしてあちらに登録学生がいなくなったのは
何を引き起こしていたか、それを思い出すと映画のほうに舵を切ったきっかけだったことになる
すでに映画を見せる先生として学生がかたぶき始めたのがコースはじまって以来で
それは日本語コミュニケーションにかかわりなく韓国語研修とかハリウッド研修とか
したい放題のトンでも大学教師であった、とにかく節操がないのである、そのやり口に
わたしがやってきてこっまたことは嘘だらけだということだった
それに載せられた学生は甘口のもと、ついに映画の先生を許してしまった
ゼミもまともに行われたか、とにかく映画の話ばかりは、人気取りには目の前を
華やかな映像によってのめくらましそのもので、それが高じて校地を変えて
映画会を始めてしまったことは、隣設の付属校に影響することになる
映画で英語を学ぶ日本語教育の先生となってしまって、なにやらわけのわからないこと
看板を借りて母屋に映画館をおったてようというのだから、あれよあれよと
韓国語を学ぶ、ベトナム語を学ぶとエスカレートをしてこれもその種はほかにあったようだ
まあ、お好きなことをやればよろしいわけで、2001年の時点で日本語教育をやる気のなかった人だ
2002年にはわたしは、その衝突で、胃潰瘍が健康診断でみつかることになり
それは胃カメラを見た医師も驚く酷い症状で、それでも、大事にはなる手前で
3年間の治療となった、2005年までストレスを抱えてのピロリ菌騒ぎだった
あれは2001年のカリキュラムにおける不公平さのクレームに端を発していた
おもえば長いストレスの時間の連続が2011年まで・・・
こんなことがあっての原因不明の難病発生ならば
運命とはわからない
受け入れるだけだ
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