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ymksk

13年前


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日本語研究会

2012年11月26日

なるものを、続けて7回を数える、メンバーは5名でいずれも日本語教育関係                                 

会そのものはオープンであるから参加は自由といってもその宣伝もしていない

本日のテーマは数量詞を持たない言語、ビーダハン部族の言語報告の本をとりあげた



>あっという間に10月が来た。9月は、夏休み前にHさんから勧められていた Daniel Everettの『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』(2012) を読んだ。せっかくなので英語のオリジナルでと思い、途中から英語で読み、 その後で日本語版に戻り、次にドイツ語でも読んでみたくなりドイツ語版を読んでしまった(英語の用例の多くがドイツ語に変更されていて、違和感があった)。 あるキリスト教宣教師が妻と子供を連れてアマゾンのある地域に入り、 そこで話されている1つの言語を学び、 やがて言語学も学び、ついには生成文法の枠組みでこの言語を分析して博士号まで取った。 著者は、そのうち文化の重要性に気づき生成文法に懐疑的になる、キリスト教も捨て無神論者になる。 どちらかというと、フィールドワークの報告をエッセイ風に書いて、 その言語の構造を一般人に分かりやすく説明したものが本書だ。 もっと学問的にピダハン語を知りたかったら、学術論文か Handbook of Amazonian Languages のピダハン語の部分を読むべきだろう (本書では、正確なグロスがついていないので、原語表記もどこまで信用できるか分からない)。


>再帰構造が無い?

筆者 Everett の主張は簡単に言うと、こうだ。 The man who is tall is on the path. という文における埋め込まれた文 who is tall は、The man is on the path. という文が直接体験に基づく「断言」(assertion) と(いう発話行為)解釈できるのに対して、 埋め込まれた文 who is tall は直接体験に基づく「断言」とは成りえない(原著P.234)。 一般的に、埋め込み文(=従属文)は発話行為と結びつかない(ただし例外はある)。


ただ、再帰は関係文の埋め込みだけでなく、 さまざまな繰り返し構造の中に見られるので、直接体験の原理(IEP)が再帰が起こらないすべての原因だとは考えにくい。 The dog's tail's tip is broken. のような形式 (属格を2つ重ねる)ものは名詞句の埋め込みであり、再帰の一種と見なすことができるが、 このような形はピダハン語では作れないのだそうだ。しかし、この現象が IEP から導かれているとは考えにくい。


ピダハン語が統語的な再帰構造を持たないとしても、 別に人間の言語の特徴を持っていないと考える必然性はない。 ある種の繰り返し構造 (iteration) はいずれにしろ、 完全否定はできないだろうし、 文という単位がそれほど厳密なものでもないから (文の終わりを何で定義するかと言われると、音声的には大抵は下降イントネーションとか、ポーズになってしまう)、 再帰構造を使わなくても十分、同じような意味を表す繰り返し表現は可能だろう。


階乗(factorial) の定義をLISP で再帰的に書けば確かに美しいなあと思うが、同じ計算を非再帰的にも(手続き的にも) 計算ができることを忘れてはならないだろう(それのほうが、計算に要する時間が少なかったりする)。


再帰構造は、究極的に人間の言語を決定づける特徴じゃあないだろう。 自然界の形の多くのものに再帰構造が見られることはよく知られているし、 それらは独特の美しさをもっている。 再帰構造は、自然界のいたるところに見られるものだ。




>日本語の帯(おび)に書いてあったひょうに、西欧語の常識からすると、 あれもない、これもない、というのがピダハン語のある種の特徴だ。 この手のエッセイにしては珍しく、索引がついているので、 英語の原典にある索引から、ないない尽くしをピックアップしてみると、次のようになった。


lack of color terms, lack of comparatives, lack of counting/numbers, lack of grammatical number, lack of phatic communication, lack of quantifiers, lack of stories about the past, lack of disjunction


色彩語がない、比較級がない、数詞や数を数えることがない、 文法上の数がない、交感的コミュニケーションがない、 数量詞がない、過去に関する話がない、選言(的表現)がない


ということになると、この言語には何もないのではないか、 非常に単純な言語なのではないか、と誤解されてしまうが、SOV型のこの言語では、 動詞に16種類の接尾辞が付くそうで、 接尾辞のある場合とない場合があるため、2^16 通り(65,536通り)の動詞の語形が存在しうるそうだ(原著 P.196)。 もちろん、これは理論的可能性の話であり、すべての動詞にこれだけの語尾の可能性が実際に存在するわけではない。