データを拾い来る、組み合わせるAI

0204-25 コンピュータ、中身がなければただの箱といった。中身とはコンテンツとなりそうだが、受信発信のデータのことである。計算するのはその中身であるから、何かを入れてそれで命令するとこちらの意図にそって計算結果を出してくる。こうして文字を打ち込んで、実はそれがデータの変換によって現れてくるのは文章なり、何なりするわけである。それを生成AIに当てはめてデータを持っていなければ計算をすることができない、つまりはたとえばChatをするとは都合によるデータを取り込んでいるものを、あるいは教え込んでいるものと言ってもいいが、それを使って返答をしてくる。
オープンAIとMSのAIとをふたつで眺めていた時はどうしてもMSの答えには読み込んで持っている情報が限られているというか、あたらない表現でいうと、適当にサイトから組み合わせてきているように見えていた。検索サイトをMSではほとんど使わないのでそこでヒットするものの予測が付かないように感じていたのである。グーグル検索はヒットするまで、目的を達したとしてもページをいくつか繰っていた。
10ぺージから20ページそれよりもっとと、それぐらいになる情報量は検索していてわかることがある。時系列ではあっても同じようなキーワードにマッチするのはやはり限られてくるということで、そうやってコンピュータがデータを持っている、検索語による情報であるとわかる。
それが生成AIでやりとりをする、ま、無料チャットで得られる範囲で、そこにやり取りすることに、加えて画像、映像そして音声とその機能が拡大してきてまるで万能に見えてくるゆえんである。どうなっているか。
カタカナで印字する、アウトプットのワープロに機能が便利になるかなと沢里一、1980年代初めからだった、そして10年のちに1990年代になってハイパーカードの仕組みを知ってカメラを使えば向こうがのぞいて見えると遊んでみて、そしてまた2000年代になって実験したのはコンピュータがあれば遠隔授業が可能だと、音声が通信の難しさを持つことを知り、そこからはホームページのサイトつくりにおよび、もっぱらデータを入れるには発信をしなければだめだと、海外出張先から自分のサイトに送ったものだった、文章をつづって出す試みに、国号日本の読みかたを議論したりして、いろいろと。
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