話すスタイル
‐ます
まいらす
ござります
あります
ある まいる させる
丁寧表現に文法機能を見出すような解説はない。語法を分析しても実質動詞に、くる という意味があって、その補助動詞となるというだけである。したがって、丁寧な言い方となっているというので、その機能そのものは待遇に尽きると了解する。すると、ございます は、至極当たり前に、あります の ある についての意味内容となる。
どのように、‐ます この語法が現われたか、国語史でその変遷を見ると、話しことばとして専ら使われるようになることがわかる。近代以降には発音が短絡して、まらする、まっする→ます という変化をみて、語法の用い方が限られてくる側面を解説する。ござります という語法はある階級に、位相となり、ます の方は言文一致、翻訳文に使われる。そして演説、講演の話し言葉に顕著になる。なお引用は青空文庫のルビをその後の後に併記したものとなっている。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/759_44901.html
現代日本の開化
――明治四十四年八月和歌山において述―― 夏目漱石
はなはだお暑いことで、こう暑くては多人数お寄合いになって演説などお聴きになるのは定めしお苦しいだろうと思います。ことに承うけたまわれば昨日も何か演説会があったそうで、そう同じ催しが続いてはいくらあたらない保証のあるものでも多少は流行過はやりすぎの気味で、お聴きになるのもよほど御困難だろうと御察し申します。が演説をやる方の身になって見てもそう楽ではありません。ことにただいま牧君の紹介で漱石君の演説は迂余曲折うよきょくせつの妙があるとか何とかいう広告めいた賛辞をちょうだいした後に出て同君の吹聴通ふいちょうどおりをやろうとするとあたかも迂余曲折の妙を極めるための芸当を御覧に入れるために登壇したようなもので、いやしくもその妙を極めなければ降りることができないような気がして、いやが上にやりにくい羽目に陥おちいってしまう訳であります。
明治スタンダードと言文一致 (2)https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp › record › files
文末形式としては、ゴザル、ゴザリマス、マスの使用. が目立つ (前稿参照)。 明治10年代になって自由民権運動が盛んになると、民権啓蒙ものが開化啓蒙ものの系譜を引.
日本語スタンダードの歴史――ミヤコ言葉から言文一致まで 単行本 – 2013/5/31
野村 剛史 (著)
出版社 : 岩波書店

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