しり抜け

聞いた事尻からぬけるというような言い回しだったろうに、いつごろからの慣用句か、それを滑稽の句に詠みこんだと思われるのだが、果たしてそうか。かつてコラムに触発されて、
>そこでこの滑稽は学問をし続けよということになるのだけれど、しり抜けまでの解釈で終わってしまって、蛍を袋に入れてまで明かりをとった夜に日を継いで学問をし続けろ、蛍が飛んでいるではないか、というようなことを言ったんだと、わたしに思う
と記したことがある。ググると検索の3番目に出てきてビックシである。
学問の端くれにいて40年余りを過ごしてきた。正確には1978年に研究職について停年後の退職になったのは2021年と、その後にまだ非常勤でのことはあるものの、大学からの通算では55年、院生になって50年をと思い起こせばその一筋にはいまに至る脳の使い方であろう。
AIの話題がひとしきり、人間は騙されるというプロセサーを回路に働かせてしまうので、しり抜けの滑稽は大事で、いつまでもメモリーを回る計算機の電子とは異なるとよいのだと考えてしまう。
「学問は尻から抜けるほたる哉」 - 啐啄同時 - はてなブログ
https://tgojobor1.hatenablog.com › entry
2016/01/10 — 「学問は 尻から抜ける ほたる哉 いくら知識を頭に詰め込んでも、尻から出る屁のように、どんどん抜けていってしまうものだ。蕪村らしい屈託のない句です ...
学問は 尻から抜ける ほたる哉 Seesaaブログ
http://turu3kame3.seesaa.net › article
2014/12/25 — 学問は 尻から抜ける ほたる哉いくら知識を頭に詰め込んでも、尻から出る屁のように、どんどん抜けていってしまうものだ。 蕪村らしい屈託のない句です。
学問は尻から抜ける - 現代日本語百科 けふも お元気ですか
goo BLOG
https://blog.goo.ne.jp › gooksky
2013/10/10 — ついに、滑稽に至って、辞典では奥義抄あたりの解釈でいかが。 ... (1)ことばが滑らかで、知恵がよくまわること。機知に富んだ言動をすること。巧みに言い ...
尻抜け(しりぬけ) とは? 意味・読み方・使い方 - 国語辞書
しり‐ぬけ【尻抜け】 の解説
1 見たり聞いたりしたことをすぐ忘れてしまうこと。また、その人。
2 物事の結末がきちんとしていないこと。しめくくりのないこと。
3 結果に手ぬかりのあること。「—の法案」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
学問は尻から抜ける - 現代日本語百科 けふも お元気ですか goo blog › gooksky
2013/10/10 ... 天声人語コラム子が季節違いを許していただければ、と書き出して、何だろうかと、冒頭の句に行き当たる。蛍かな、あたりまえに蛍のことかと思うが、 ...
>
中国に日語専家で出かけて、明かりがないところ、電気事情で煌々と蛍光灯を照らすわけでなく、日没にだんだんと暗くなっても光りを書籍に照らすその明かりは小さい豆電球の光りで、ぼうと文字だけを一字一字浮かび上がらせていく、すると読めるのである、そういう思いで勉強をしていて、目が悪くなるか、頭が悪いか、これほどまで本を読もうとするのは、もう少し続けて読んでみようと、辺りが真っ暗なのにそこだけが光って、あれこれ去就する思いに本を読み続けた毎日があったが、蛍の光で本が読めるわけであると合点しながらも、人間の目はなれていくので、頭はなかなか追いつかなくて暗いままでも、勉強をし続ける蛍の光だなと、実感していて、この滑稽に接すれば、ホタルノヒカリで本をよむという妙な気持は、それを体験しないことにはわかるまいと、しり抜けの頭で、学問が役立たないのではない、己の頭がそうなのであって、忘れてしまうのでもなくて、ホタルノヒカリを求め続けるほどに、しりから抜けるのであって、その頭の悪さはしょうがないんだけれども、実は、物忘れではない、記憶とはそういうものだと悟っていくと、つまりは頭の中で絡み合って覚えているなどとは、コンピュータでも出来まいに、蛍の明かりはしり抜けの明かりであるという蕪村の平然とした滑稽は妙であるなぁ・・・

このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。