八朔

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姓で、こう書くと、読みは何かと、検索して、次のようにヒットした。八朔とすれば、これはなじみがある果物についた名前である。八月だけでなく、朔には、4月と六月に読み方が見える。
十二月一日(十二月朔日) しわすだ これはインチキだと言われたよう、しかし、ほかに、
 というのも加えると、
正月田,二月田,三月田,四月田,五月田,六月田,八月田,十月田,十一月田,十二月田 これは地名という
 さて、さきのはそれぞれに、
わたぬき,つぼみ、うりはり,むりはり,くさか、
 というのだから、
さて、8月1日は、
>八月一日(八月朔日)(八月朔)
  ほずみ,ほそみ,ほそみち
  ほつむ,はっさく,やふみ

その語源解説に、ホズミとあって、そういえば、ホズミ 保住 姓を見るなぁ。
穂積
>旧暦8月1日に実る稲の穂を摘み贈る風習が語源といわれる。語源は稲穂を積んだ稲塚。古代からの神事に携わる名族。群馬県、高知県、徳島県、岐阜県、静岡県などにみられるが群馬県は特に多く見られる。


本大百科全書(ニッポニカ)「八朔」の解説
八朔
はっさく
>
旧暦の8月1日の節日(せちにち)である。いまでは9月1日に行っている土地がある。この日を盆の終わりとして八朔盆とも称する。八朔の行事は東日本より西日本のほうが盛んである。この日は稲刈りにはまだ早いが、未熟の稲を神に供えている。この日を田の実の節供とか頼みの節供とかいって、北九州では、家の主人が田んぼへ行って作頼みをするという。また多くの土地で普段世話になっている人に贈答する風がある。四国の高松市では、シンコマといって男の子のために、米の粉で裸馬の形をつくり贈答する風がある。三重県北牟婁(きたむろ)郡紀北(きほく)町の養海院では、八朔には盆踊りと同様な八朔踊りを踊るという。八朔に搗(つ)く餅(もち)を苦(にが)餅といっている例があるが、これは、この日から昼寝をすることがなくなり、夜なべ仕事が始まるからである。熊本県では、ナスに足をつけて花馬というものをつくり、田の神が乗って帰られるといって、これを海や川に流す風習がある。
 なお、江戸時代には、徳川家康が1590年(天正18)8月1日に初めて江戸城に入ったところから、八朔の日は大名や旗本が白帷子(しろかたびら)を着て登城し、将軍に祝辞を述べる行事が行われていた。
[大藤時彦]



暦と天文の雑学
http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0800.htm
日付のついた名字(難読姓の話)

日本人の姓名――日付篇http://www.akatsukinishisu.net › kanji › hizuke
八月一日、八月朔日 はっさく、ほずみ、ほそみ、やぶみ、わたぬき八月一日宮 ほずのみや八月十五日 なかあき八月三十一日 ほずのみや八月晦日 はつみ、ほずみ.