正訓、義訓、戯訓 8

ymksk
漢字を日本語でどう読むか。
古代日本語で漢字に訓読みをあてた、その用字法である。

ただし、正訓にしても漢字の字義に日本語の読みを正しく充てるのであるが、それははまた、漢字文字を日本語発音にしていたので、用字という捉え方になる。

そこから、のちに草仮名の文字になる、まず万葉仮名が工夫されるようになる。

義訓には、日本語と漢字の文字の意味が対応するが、正訓ではないものがあるので、その用字法を言った。
正訓に対して義訓が現れるのは、万葉集の歌謡に文字についての意識があり、記録者に修辞として現れたと考えてよい。

読み、訓み、詠み、というふうに、文字を充てて意味をとらえようとしたのである。
漢字と日本語読み、漢語に相当する日本語、そのようなとらえ方をして、そのうちに、ことばの遊戯とした用字があった。

万葉用字格に、江戸時代、春登上人は万葉仮名を、正音・略音・正訓・義訓・略訓・約訓・借訓・戯書に分類した。
なお、戯書について次のサイトに詳しいので引用する。

http://www.geocities.jp/sybrma/index.html
小さな資料室

解説に詳しいものがあるので、参照されたい。

http://www.geocities.jp/sybrma/39mannyousyuu.gisyo.html
資料39 万葉集の「戯書」(戯訓)  
>
1.文字上の戯れによるもの
   山上復有山
[用例] 虚蝉乃 世人有者 大王之 御命恐弥 礒城嶋能 日本国乃 
    石上 振里尓 紐不解 丸寐乎為者 吾衣有 服者奈礼奴 毎
 見 恋者雖益 色二山上復有山者 一可知美 冬夜之 明毛不
 得呼 五十母不宿二 吾歯曽恋流 妹之直香仁(九・1787)
2.擬音語によるもの
  (1)神楽声・神楽・楽 (2)追馬 (3)喚犬 (4)喚鶏
   (5)馬声 (6)蜂音 (7)牛鳴
[用例]
(1)神楽声浪乃 四賀津之浦能 船乗尓 乗西意 常不所忘
                        (七・1398) 
   神楽浪之 志賀左射礼浪 敷布尓 常丹跡君之 所念有計類
                           (二・206)
     楽浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津
                         (一・30)
  (2)・(3)
     宮材引 泉之追馬喚犬二 立民乃 息時無 恋渡可聞
                       (十一・2645)
   音耳乎 聞而哉恋 犬馬鏡 直目相而 恋巻裳太口
                       (十一・2810)
(4)朝扉開而 物念時尓 白露乃 置有秋芽子 所見喚鶏本名
              (八・1579)
(5)・(6)
     垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿 
     異母二不相而(十二・2991)
<注>「蜘蛛」の「蛛」は、原文「虫」に「厨」。
  (7)如是為哉 猶八戍牛鳴 大荒木之 浮田之社之 標尓不有
     尓(十一・2839)
3.数の遊戯によるもの
(1)二々(二二)・重二・(並二) (2)二五 (3)十六 
 (4)八十一 (5)三五 
   (注)万葉集の「二二」の表記は、正確には「二々」の「々」が「こ」を押しつぶしたよう
      な形の踊り字になっています。
       なお、「並二」は『万葉代匠記』の「前」を「並」の誤字とする説によったものです
      が、この説は最近採用されていないようですので、( )を付けて出しておきました。
[用例]
  (1)瀧上之 御舟乃山尓 水枝指 四時尓生有 刀我乃樹能
     弥継嗣尓 万代 如是二々知三 三芳野之 蜻蛉乃宮者 
     神柄香 貴将有 国柄鹿 見欲将有 山川乎 清々 諾之
     神代従 定家良思母(六・907)
       2か所の「々」は、「こ」を押しつぶしたような形の踊り字。
 御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奥部庭 深海
松採 浦廻庭 名告藻苅 深見流乃 見巻欲跡 莫告藻之
     己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二(六・946)
    (鶏之鳴 東国尓 高山者 佐波尓雖有 朋神之 貴山乃
     儕立乃 見皃石山跡 神代従 人之言嗣 国見為 築羽乃
     山矣 冬木成 時敷時跡 不見而往者 益而恋石見 雪消
     為 山道尚矣 名積叙吾来並二(三・382))
     (「並二」は、『万葉代匠記』の説によるもの。)
  (2)狗上之 鳥籠山尓有 不知也河 不知二五寸許瀬 余名告
     奈(十一・2710)  
 (3)安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者
     跡見居置而 御山者 射目立渡 朝獦尓 十六履起之 夕
     狩尓 十里蹋立 馬並而 御獦曽立為 春之茂野尓
                         (六・926)
  (4)若草乃 新手枕乎 巻始而 夜哉将間 二八十一不在国
                        (十一・2542)
 (5)飛鳥 明日香乃河之 上瀬 石橋渡 下瀬 打橋渡 石橋
     生靡留 玉藻毛叙 絶者生流 打橋 生乎烏礼流 川藻毛
     叙 干者波由流 何然毛 吾王能 立者 玉藻之母許呂 
     臥者 川藻之如久 靡相之 君之 朝宮乎 忘賜哉 夕
  宮乎 背賜哉 宇都曽臣跡 念之時 春部者 花折挿頭
     秋立者 黄葉挿頭 敷妙之 袖携 鏡成 雖見不厭 三五
     月之 益目頰染 所念之 君与時々 幸而 遊賜之 御食
     向 木缻*之宮乎 常宮跡 定賜 味沢相 目辞毛絶奴 
     然有鴨 綾尓憐 宿兄鳥之 片恋嬬 朝鳥 往来為君之
夏草乃 念之萎而 夕星之 彼往此去 大船 猶預不定見
者 遣悶流 情毛不在 其故 為便知之也 音耳母 名耳
毛不絶 天地之 弥遠長久 思将往 御名尓懸世流 明日
     香河 及万代 早布屋師 吾王乃 形見河此焉(二・196)

*缻=原文は「缶」と「瓦」が、左右逆の字。

4.義訓の複雑なもの
 (1)火 (2)義之・大王 (3)金
 (4)角 (5)烏  
[用例]
(1)吾恋 嬬者知遠 往船乃 過而応来哉 事毛告火
                       (十・1998)
      
(2)印結而 我定義之 住吉乃 浜乃小松者 後毛吾松
                         (三・394)
    世間 常如是耳加 結大王 白玉之緒 絶楽思者
                        (七・1321)

(3)金野乃 美草苅葺 屋杼礼里之 兎道乃宮子能 借五百磯
   所念(一・7)
 (3)・(4)  
     百小竹之 三野王 金厩 立而飼駒 角厩 立而飼駒 草
     社者 取而飼曰 水社者 挹而飼曰 何然 大分青馬之 
     鳴立鶴(十三・3327)
(5)寒過 暖来良思 朝烏指 滓鹿能山尓 霞軽引
                         (十・1844)
5.ゲームの用語によるもの
  (1)折木四  (2)切木四  (3)一伏三起・一伏三向
 (4)三伏一向 (5)諸伏 
[用例]
  (1)真葛延 春日之山者 打靡 春去往跡 山匕丹 霞田名引
     高円尓 鸎鳴沼 物部乃 八十友能壮者 折木四哭之 来
  継比日 如此続 常丹有脊者 友名目而 遊物尾 馬名目而
  往益里乎 待難丹 吾為春乎 決巻毛 綾尓恐 言巻毛
  湯々敷有跡 予 兼而知者 千鳥鳴 其佐保川丹 石二生
  菅根取而 之努布草 解除而益乎 往水丹 潔而益乎 天皇
  之 御命恐 百礒城之 大宮人之 玉桙之 道毛不出 恋比
  日(六・948)
       「湯々敷有跡」の「々」は、「こ」を押しつぶしたような形の踊り字。

(2)左小壮鹿之 妻問時尓 月乎吉三 切木四之泣所聞 今時
来等霜(十・2131)
 
(3)梓弓 末中一伏三起 不通有之 君者会奴 嗟羽将息
                        (十二・2988)
菅根之 根毛一伏三向凝呂尓 吾念有 妹尓縁而者 言之
    禁毛 無在乞常 斎戸乎 石相穿居 竹珠乎 無間貫垂
  天地之 神祇乎曽吾祈 甚毛為便無見(十三・3284)
(4)春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之
     野尓(十・1874)
(5)吾恋者 千引乃石乎 七許 頸二将繋母 神之諸伏
                      (四・743)
6.その他
  (1)向南 (2)青頭鶏 (3)左右手・左右・二手・諸手
(4)毛人髪 (5)水葱少熱 (6)味試 (7)水烏
(8)丸雪   (9)変水  (10)西渡 (11)五十戸
  (12)言
[用例]
(1)向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月矣離而(二・161)
(2)足檜之 山川水之 音不出 人之子姤 恋渡青頭鶏
                       (十二・3017)
(3)大海尓 荒莫吹 四長鳥 居名之湖尓 舟泊左右手
                        (七・1189)
国遠 直不相 夢谷 吾尓所見社 相日左右二
                       (十二・3142)
     久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座都 乏諸手丹
                        (十・1997)
     如是谷裳 妹乎待南 左夜深而 出来月之 傾二手荷
                       (十一・2820)
(4)人言乎 繁三毛人髪三 我兄子乎 目者雖見 相因毛無
                       (十二・2938)
(5)早去而 何時君乎 相見等 念之情 今曽水葱少熱
                       (十一・2579)
(6)海之底 奥津白玉 縁乎無三 常如此耳也 恋度味試
                        (七・1323)
(7)玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不
     念有六 (六・943)
(8)丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊
                        (七・1293)
  (9)白髪生流 事者不念 変水者 鹿煮藻闕二毛 求而将行
                         (四・628)
       原文の「煮」は、「者」の下に「火」の字。
  (10)東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡(一・48)
  (11)橘乎 守部乃五十戸之 門田早稲 苅時過去 不来跡為等霜
                          (十・2251)
  (12)明闇之 朝霧隠 鳴而去 鴈者言恋 於妹告社(十・2129)


[用例の補遺]
  上の用例に掲げた以外の例を、国歌大観の番号によって示しておきます。
  ただし、適当に拾っただけで、すべてを網羅したわけではないことを、
 お断りしておきます。
   (太字は、上に掲げた例文の番号を再掲しています。)
1.文字上の戯れによるもの
    山上復有山(出・いづ)1787
  これは、上例一つだけで、他にはありません。
2.擬音語によるもの
 (1)神楽声(ささ)1398
    神楽(ささ) 206  154 1253  3887 
    楽(ささ)  30  29  32 33  218 305 1715 3240
(2)・(3)
    追馬喚犬(そま)2645
    喚犬追馬(まそ)3324
    犬馬(まそ)2810 2980 2981 3250
(4)喚鶏(つつ)1579 3330
 (5)馬声(い)・(6)蜂音(ぶ) 2991
 (7)牛鳴(む)2839
 3.数の遊戯によるもの
(1) 二々(二二)* ・重二・並二=し
二々(二二)(し)907 3298 3318
     (* 正確には「二」の次に「こ」を潰した形の繰り返し符号が使われています。)
   重二(し)946
   並二(し)382(神田本)
  (2)二五(とを)2710
(3)十六(しし)926 239 379 1804 3278 
(4)八十一(くく)2542 789 1495 3242 3330
(5)三五(もち)196 
4.義訓の複雑なもの
(1) 火(なむ)1998  3298
(2)義之(てし)394 1324 2578 3028
    大王(てし)1321 2092 2602 2834
(3)金(あき) 7  1700 2005 2013 2095 2301
   金(にし) 3327
 (4)角(ひむがし) 3327
(5)烏(ひ) 1844 
5.ゲームの用語によるもの
  (1)折木四(かり) 948
(2)切木四(かり)2131
(3)一伏三起(ころ)2988
       一伏三向(ころ)3284
(4)三伏一向(つく)1874
(5)諸伏(まにまに) 743
   「随意」を「まにまに」と読ませた例は、
       98 369 412 2537 2691 2830
6.その他
  (1)向南(きた)161
  (2)青頭鶏(かも)3017
(3)左右手(まで)1189 2327
     左右(まで) 3142 34 533 549 550 614 1134 1327  
         1465 1602 1647 1960 2518 2759 2913 2935 
         2959 2995 3227 3270 3289          
二手(まで)2820 79 238 1902 
     諸手(まで)1997 
(4)毛人髪(こちたし)2938
(5)水葱少熱(なぎぬる)2579
  (6)味試(なむ)1323
  (7)水烏(う)  943  4189
(8)丸雪(あられ)1293(万葉集にはこの1例のみ)
  (9)変水(をちみづ)628 627
  (10)西渡(かたぶく) 48
(11)五十戸(さと)2251 892 3847
(12)言(われ・あれ)2129 2973 3324

(付) その他の戯書(戯訓)的表現のいくつか
  (1)念西 余西鹿歯 為便乎無美 吾者五十日手寸 応忌鬼尾
                         (十二・2947)
  「鹿歯(しかば)」(過去の助動詞「しか」+助詞「ば」)
   「五十日(いひ)」(動詞「言ひ」)
   「鬼尾(ものを)」(助詞「ものを」)
   などは、戯書(戯訓)的意識で書いていると言えるでしょう。
    歌の普通の表記は、「思ひにし余りにしかばすべを無み吾は言ひ
   てき忌むべきものを」
  (2)言云者 三々二田八酢四 小九毛 心中二 我念羽奈九二
                          (十一・2581)
    この歌は、数字を意識的に多く使って表記しています。
    「言(こと)に言へば耳にたやすし少なくも心のうちに我が思はな
   くに」
  (3)海津路乃 名木名六時毛 渡七六 加九多都波二 船出可為八
                            (九・1781)
    この歌も、数字を多く使っています。(六つ)
「海つ路(ぢ)の和(な)ぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出す
    べしや」
 (4)中々二 死者安六 出日之 入別不知 吾四九流四毛(十二・2940)
    この歌も、数字を五つ使っています。
    「なかなかに死なば安けむ出づる日の入る別(わき)知らぬ吾し苦
   しも」
  (5)完了の助動詞「つる」と感動の助詞「かも」の続いた「つるかも」
    を「鶴鴨」と表記してあるところにも、戯書(戯訓)的な意識が見られ
    ます。
      吾背子乎 且今々々跡 待居尓 夜更深去者 嘆鶴鴨
                          (十二・2864)
     「吾が背子を今か今かと待ち居(を)るに夜の更けゆけば嘆きつる
    かも」
     この「鶴鴨」の表記は、上に掲げた「嘆鶴鴨」(他に 2885 2893
    など)のほかに、「見鶴鴨」(2720) など、数多く見られます。

  


大辞林 第三版の解説
ぎくん【義訓】
>
上代文献,特に万葉集における用字法の一。本来の訓によってではなく,語の表す意味によって漢字をあてるもの。「乍(つつ)」のようにのちに正訓として固定したものもあるが,「金(あき)」「黄変(もみつ)」「数多(あまねし)」など,多くは個人的あるいはその場限りの用字である。なお,近世以降の「糸瓜(へちま)」「煙草(タバコ)」,明治以後の「阿兄(にいさん)」「硝子(ビードロ)」なども一種の義訓である。

ぎ‐くん【戯訓】
>
上代文献、特に万葉集の用字法の一。漢字の字形・字音・字義などを遊戯的、技巧的に利用したもの。「出づ」を「山上復有山」、「獅子(しし)」を「十六」、「い」を「馬声」、「ぶ」を「蜂音」などと書く類。戯書。


夏目漱石 門 四の十より

迂闊(うかつ)
鷹揚(おうよう)な
趣を具(そな)えて
今日(こんにち)
山気(やまぎ)
工場(こうば)
月島(つきじま)
注(つ)ぎ込んで
考(かんがえ)に
其所(そこ)
人数(にんず)
家邸(いえやしき)
原(はら)の御母(おっか)さん
万年青(おもと)の葉
失(な)く
旨(うま)く
烟(けむ)に
阿漕(あこぎ)な
心の中(うち)では
如何(いか)にも
馬鹿々々(ばかばか)しい
聞き糺(ただ)して
成行(なりゆき)
を確かめて見た。すると、叔母は、
顚末(てんまつ)
を語って聞かした。
売捌方(うりさばきかた)
真田(さなだ)とかいう
平生(へいぜい)
出入(でいり)する
誰某(だれそれがし)
埒(らち)の明いた
試(ためし)