ことは、いふ

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言葉を説明していて、それは語であり、言であり、詞であり、辞であり、するところの、コトバである。
言語となり、語句となり、文となる。文そのものを、文字として扱ったのであって、句が連なれば文章である。

ことをは言う ことは そして、ことば となるのかと、ふと思った。 
字は、な であって、文字は、その な を、さまざま、あらわしたものである。

字をつける、名を持つ、名辞となる。
語句ではない、字句、それはまた、辞句 であるのか。

漢字漢語を学び、漢詩漢文を入れて読み味わった祖先は、いまにおもえば、語学の人々であった。
漢字によって作られた概念に文字があり、ことばそのものとなる限り、日本語であり続ける。

ことをば言う、ことはいふ、ことをは が、ことば になるプロセスの証はない。
こと が、言であり、事であるとする、祖先の読みは、ことわざ としての考えを持った。


日本国語大辞典
こと 言 事 の項。
>
こと 【言・辞・詞】
解説・用例
〔名〕
(「こと(事)」と同語源)
語誌
古く、「こと」は「言(こと)」をも「事(こと)」をも表わすとされるが、これは一語に両義があるということではなく、「事」は「言」に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの。時代とともに「言」「事」の意味分化がすすみ、平安時代以降、「言」の意には「ことのは」「ことば」が多く用いられるようになる。→ことば・ことのは。

>(前項「こと(言)」と同語源か)時間的事態一般を広く指す語。
〔一〕形をもった「もの」に対し、そのものの働きや性質、あるいはそれらの間の関係、また、形のつかみにくい現象などを表わす語。


字通
事
>外に使して祭るときには、大きな木の枝にして「偃游(えんゆう)」(吹き流し)をつけて使し、その祭事は大事という。それを王事といい、王事を奉行することは政治的従属、すなわち「事(つか)える」ことを意味した。

〔名義抄〕事 コト・ワザ・ツカフ・コトトス・ツカウマツル・サシハサム・アヅカル/多事 イナハナ/無事 アヂキナシ/觸事 コトゴトニ/現事 アラヒトコト/顯事 アサラメゴト 
〔字鏡集〕事 タテマツル・サシハサム・イトナム・アヅカル・ツカフマツル・コトトス・ワザ・ヨル・コト・タツ

言
>〔説文〕三上に「直言を言と曰ひ、論難を語と曰ふ」とし、また字を(けん)声に従うとするが、卜文・金文の字は辛に従う。かつ言語は、本来論議することではなく、〔詩、大雅、公劉〕は都作りのことを歌うもので、「時(ここ)に言言し 時に語語(ぎよぎよ)す」というのは、その地霊をほめはやして所清めをする「ことだま」的な行為をいう。言語は本来呪的な性格をもつものであり、言を神に供えて、その応答のあることを音という。神の「音なひ」を待つ行為が、言であった。
訓義
[1] いう、神にちかうことばをいう、神にちかう、もうす。
[2] ことば、はなす、つげる。
[3] おしえ、いいつけ。

〔名義抄〕言 ワレ・ココニ・イフ・コト・コトバ・トク・イフココロ・モノイフ・マウス・トフ・ノリ・ノブ・ココロミル・ヨシ・タカシ・アヒダ・シム・トキ 
〔字鏡集〕言 マウス・ココニ・トク・トキ・トフ・ワレ・コトバ・ココロミル・シム・イフココロハ・タカシ・スコシ・イフ・モノイフ・ノブ・イハバ・コト・ヨシ・ノリ・アヒダ・カタラフ

【言語】げんご  ことば。〔礼記、王制〕五方の民、言語通ぜず。嗜欲同じからず。