2016年3月のブログ記事
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日本文化論 ことはじめ15
コンピュータの端末であるスマフォに加えられるのはパッド型のディスプレーである。パッド型端末として国語辞書には登録する。そしてタブレット型端末を解説する。パッド型、タブレット型、ともにカタカナ日本語でPCの普及を見ることになる。このディスプレーには液晶による薄型のものが大小とりどり、取り混ぜての様相... 続きをみる
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日本文化論 ことはじめ14
スマートフォンと呼ぶ端末機器は情報の革命を進行させ、さらに進化を遂げている。その名称をもって片仮名日本語が象徴するのは、ケータイであった。電話機とコンピュータの端末を併せ持ったものになった。通信の手段が電子情報を画面に表示した、電波を媒介としての電話機にまずは搭載されたと日本ではとらえるかもしれな... 続きをみる
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日本文化論 ことはじめ13
インターネットによる情報伝播は、それまでにない情報共有の時代となった。1990年代に展開して日本に大きな影響を及ぼした。インターネットそのものは、最先端科学技術の軍事利用への転用のための研究、米国防総省に高等研究計画局 ARPA Advanced Research Projects Agency... 続きをみる
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日本文化論 ことはじめ12
国力の衰退と経済の復興が文化を規定するような見方は正しくない。民族の伝統と人々の生活があれば、2000年の歴史を背景に、そこに文化ははぐくまれる。民族の文化に伝統文化を見るが、経済とともに文化論があるのはなぜか。経済文化はことばとして熟さない。ここでその思いに、メセナ méc&ea... 続きをみる
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日本文化論 ことはじめ11
日本文化論がさかんとなったのは、菊と刀を再論するようになってからだろう。それは経済大国といわれるようになる、日米の貿易摩擦が原因する。その摩擦と言い得るのは、1950年代に繊維製品摩擦、1960年代に鉄鋼摩擦、そして1970年代になって、カラーテレビ摩擦、自動車摩擦と、その製品でとらえられた、いわ... 続きをみる
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勘違いしない 噴きだす飯
口から、食べかけたご飯を噴きだすのは、どんなときか。フンパン と、フンマンと、これは、噴飯ものというのと、憤懣やるかたないというのと、そのいずれかを知れば笑いと怒りの相違であることがわかる。食べかけるご飯を、こらえきれなくなって、それは多くは笑いが原因であるから、口を開けることになってしまっては、... 続きをみる
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勘違いしない 耳にさわる音
みみざわり、てざわり、はだざわり、いずれも好感触の語である。この言い方を、みみざわりだ、てざわりだ、はだざわりだ、などと、その状態を断定する表現にもちいると、その良しあしを言う、ことを問うようになる。そして、その状態がまさに良い場合とだけいえなくなるのが、みみざわり、の語である。それぞれの、耳の場... 続きをみる
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勘違いしない 天地無用
これを運送用語とすることは、荷物運搬の包装に見えるからである。 それが、そもそも、 >対象物が損壊する恐れがあるため倒立状態(上下逆さま)ないし傾けた状態で輸送してはいけないこと とあるように、運送業者の扱いのためであった。 それを言葉の解釈で、その約束事が通じなくなった、つまり、この用語をもと... 続きをみる
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勘違いしない にやける
にやける このままだと、にやにやしている、と思ってしまうだろう。ふける にやける この対比ではいかがか。更ける については、老ける の同源とする解説がある。すると、その 更ける 老ける ともに字の当て方が気になる。そこで、にやける に、若の字を当てて、若気る としてみると、わかりよくなる。もともと... 続きをみる
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勘違いしない いち姫二太郎
1番目は女、2番目は男という順序をいったものだが、子育ての言い伝えのうちに2太郎の解釈がひとり歩きをしたものである。すなわち、ふたりの男の子というふうになった、それでまた、子の数が3人が理想であるとかなんとか。言い伝えであるとなると、いつから、どうして、どうなったと解説があればわかりよい。それは検... 続きをみる
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夢十夜 第七夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。 夏目漱石「夢十夜」:7 第七夜 何(なん)でも 絶間(たえま)なく 煙(けぶり) 浪(なみ)を 行(ゆ)く 凄(すさ... 続きをみる
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勘違いしない 煮え湯
煮え湯はにたぎった湯というが、それを見ることはあるだろうか。鍋釜の時代にならイメージしやすいが、いまならさしずめ沸騰したてのポットの湯になるだろう。煮え湯を飲むことはまずないので、それを飲まなければならないとしたなら、飲まされる、ということであるから、思わぬこと、思ってもみなかったことが起こったの... 続きをみる
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夢十夜 第六夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。 夏目漱石「夢十夜」:6 第六夜 運慶(うんけい) 護国寺(ごこくじ) 仁王(におう) 大勢(おおぜい) 下馬評(げば... 続きをみる
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勘違いしない ぞっとしない
ぞっとする ぞっとしない この言い方で、意味が異なる。ぞっとするのは、その対象から受け取った反応となるから、オノマトペの表現が自らの内心にある。それを打ち消すと、うちに起こる感情を起こさせる対象ではないので、それ自身に対して感慨を催さない。そこで、ぞっとしないのは、興味が持てなくなる、いわば面白く... 続きをみる
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夢十夜 第五夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。 夏目漱石夏目漱石「夢十夜」:5 第五夜 何(なん)でも 神代(かみよ)に 軍(いくさ) 敗北(まけ)た 生擒(いけどり)... 続きをみる
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し合わせ 人間関係と信頼度
TED Technology Entertainment Design の頭文字をとったもの、米国発のビデオコンテンツというが、プレゼンテーションでの内容を持つ。TEDxと称するイベントが各地で開催されている。NHK番組のスーパープレゼンテーションにも見える。1984年にスタートしたTED、それは... 続きをみる
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夢十夜 第四夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。 夏目漱石 夢十夜 第四夜 真中(まんなか) 凉(すず)み台 周囲(まわり)に 床儿(しょうぎ) 膳(ぜん) 爺(じい)... 続きをみる
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メインにならないニッチには
朝日デジタル、日曜に想う である。嶋聡氏のことを書く。選挙に出ようという話だ。どの党を選ぶかを語る。いきさつには氏の言葉、人生は回転扉というのがある。その語録を編集者の記事によると次のようである。 >ベンチャーはニッチ(隙間)を狙えと言う人がよくいますが、それは間違い。メインにならないニッチに将来... 続きをみる
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勘違いしない やおら
やおら の語義については、 >1 静かに身を動かすさま、また、徐々に事を行なうさまを表わす語。そろそろと。おもむろに。やわら。現代では悠然としたさまをいうことが多い。 2 時間の経過とともに変化、進展し、ようやくその状態になるさま、事態が変わるさまを表わす語。 日本国語大辞典より と見える。 ... 続きをみる
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日本文化論 ことはじめ11
文化論の文化の定義が捉えられて、文化の価値が文化そのものをあらわす議論となり、文化の相対性が明らかになるにつれ、その文化特有の議論はステレオタイプに帰せられ、文化を語ることは文化そのものの実践をさすようになる。言語教育に言語と文化が議論されると、それは日本語とその文化にも影響し、文化そのものを語る... 続きをみる
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夢十夜 第三夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。 夏目漱石 夢十夜 第三夜 負(おぶ)ってる 慥(たしか)に 何時(いつ)の間にか 潰(つぶ)れ 御前(おまえ) 路(みち... 続きをみる
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勘違いしない 情けは
人のためならず この語法が、解釈のもとになる。情けは というときの、言い方も、情けをかけることは、というふうには受け取られなくなってしまったのだろう。情けをかけることと、情けをもって人助けすることとは相いれない。人に親切にすることは、などの、言い回しがすでにおかしいのである。情けをかけることはそう... 続きをみる
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夢十夜 第二夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。朝日デジタルより。 夏目漱石 夢十夜 第二夜 和尚(おしょう) 退(さ)がって 行燈(あんどう) 点(とも)って 片膝(か... 続きをみる
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勘違いしない 御の字
御の字について、遊里語の位相であると説明される。語源辞典などに記載されてその引き写しである。御の字はどのように使われたか。たどれば廓言葉の範疇で隠語であることに注意しなければならないだろう。廓とあって、もはやそれはとらえようがないことである。しかし歌舞伎などでの台詞に廓言葉をもって演技するところか... 続きをみる
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日本文化論ことはじめ10
青木保氏の著作がどういう経緯で語られたかを知るのは興味深いことである。日本文化の変容を日本人論のありようを見て、日本文化としたところにその動機がありそうである。さらにその探求範囲はいわゆる学術論文だけではない評論雑誌にも及ぶことをあえて行って広くその議論を作り上げている。アイデンティティを明らかに... 続きをみる
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夢十夜 第一夜 ふりがな
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。朝日デジタルより。 夏目漱石 夢十夜 第一夜 枕元(まくらもと)に 坐(すわ)って 仰向(あおむき) 輪廓(りんかく) 瓜... 続きをみる
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日本文化論ことはじめ9
日本文化論の変容は、1955年の、もはや戦後ではない、経済白書に言う経済状況を画期としている。白書による文言が現実の日本の姿をどれくらい反映していたかは検証のいるところであるが、この物言いが戦後10年の節目を作ったのである。それはまた文化論の変容を時期区分することにつながったかにみえる。歴史区分を... 続きをみる
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勘違いしない こまねく
こまぬく の音変化したものとされる。 拱く と漢字にして、この語を、拱手傍観 きょうしゅぼうかん とするのを、 >なにもしないで見ている、手出しをせずに傍観する→腕を拱く・手を拱く として、理解していないことが原因であるが、それは勘違いというよりは、この語例をどう見るかである。 手をつ... 続きをみる
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日本文化論ことはじめ8
日本文化論は失意のどん底から這い上がる日本を状況的にとらえる。そこには経済力と技術力の新生日本があった。戦後ではなくなったと経白書が宣言し、それに呼応するかのように経済進出が太平洋の向こうを脅かし、ふたたび日本とは何かが議論されたのが、貿易摩擦であった。そして菊と刀が再び読まれた。日本文化の解明で... 続きをみる
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日本文化論ことはじめ7
日本文化論の変容とはその説明に従えば日本文化の特殊性の認識にある。日本文化の特殊性は日本が特殊であると語られ続けていたことへの内実を明らかにしようとするもので、それは日本人とはなにかを問い続けることへの答え探しでもある。敗戦を契機に語ることが可能となった議論である。その特殊性は日本の家族観にある。... 続きをみる
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勘違いしない 世間ずれ
世間ずれを、悪賢くなった、とする、この解釈はおかしい。勘違いをするな、と言うのも、おこがましい。世間ずれは、本来、要領よくなった、社会になれている、という意味が当てはまる。辞書にある、世知にたけている、というのを、世渡りがうまい、として、悪賢いとするか、要領がよいとするか、である。辞書の解説で、日... 続きをみる